学術メンタルヘルス
パーソナリティ症の現在的解釈
パーソナリティ症(従来のパーソナリティ障害)は、性格が悪い わがまま と同じ意味ではありません。考え方、感情の動き、人との関わり方、衝動の扱い方などに長く続く偏りと柔軟性の乏しさがあり、そのため本人が苦しんだり、生活・仕事・対人関係に支障が生じたりする状態を、治療や支援につなげるための診断概念です。とくに研究が多い境界性(ボーダーライン)パーソナリティ症(BPD)では、長期的に症状が大きく軽くなる方が多い一方、仕事や人間関係を含む回復にはより時間がかかることが分かっています。一生変わらないという見方も、治療すれば短期間で治るという見方も、現在のエビデンスには合いません。
なお、以下に示す寛解率や治療効果は、研究に参加した集団で得られた一般的な知見です。特定の医療機関や治療法の治療成績を示す数字ではありません。
診断
DSM-5-TRでは10種類のパーソナリティ症を3つのクラスターに分類し、文化的な期待から著しく偏る持続的なパターンが、認知、感情、対人関係機能、衝動制御の4領域のうち2つ以上に現れ、柔軟性に乏しく広い状況で続き、苦痛や機能障害を生じていることなどを診断の基本とします。その特徴は少なくとも青年期または成人期早期までさかのぼり、他の精神疾患、物質、身体疾患だけでは説明できないことも確認します。日本語版DSM-5-TRは2023年に刊行され、日本精神神経学会の用語監修のもとパーソナリティ症という表現が用いられています。
一方、ICD-11は従来の多数の型を原則として廃止し、まず軽度・中等度・重度という重症度を評価し、そのうえで否定的感情、離隔、非社会性、脱抑制、制縛性という特性領域や、必要に応じてボーダーラインパターンを付記する次元的な考え方を採用しています。さらに、診断に至るほどではないものの長期的に性格上の困難がある場合にはパーソナリティ困難(Personality difficulty、QE50.7)というコードがあります。これはパーソナリティ症という精神疾患の診断そのものではなく、困難が連続的なものであることを示す考え方です。
世界21か国46研究をまとめたWinsperら(2020)のメタ解析では、一般人口におけるパーソナリティ症全体の推定有病率は7.8%でした。ただし研究方法によるばらつきが大きく、この数字をそのまま日本の有病率とみなすことはできません。
診断は、一度の面接で人格を判定して終わるものではありません。気分の波、衝動性、対人関係の不安定さなどは、双極症、ADHD、自閉スペクトラム症、複雑性PTSDなどでもみられ、併存する場合もあります。生活史と時間経過、身体状態、物質使用、自傷・自殺リスクなどを含めて評価し、必要に応じて診断を見直します。APA(米国精神医学会)の2024年ガイドラインも、本人の受診理由、治療目標や希望、併存症、身体状態、心理社会的背景、安全性を含む包括的評価と、それに基づく本人中心の治療計画を推奨しています。
原因
親の育て方が悪かったから、本人が弱いから、と一つの原因で説明することはできません。BPDについて、スウェーデンの約185万人を対象とした登録研究では、遺伝率は46%(95%信頼区間39~53%)と推定されました(Skoglund et al., 2021)。ここでいう遺伝率は、その人の症状の46%が遺伝で決まっているという意味ではありません。ある集団の中でみられる個人差を、遺伝的な違いが統計的にどの程度説明するかという指標であり、個人の将来を予測する数字ではありません。
小児期の逆境との関連も繰り返し報告されています。Porterら(2020)が97研究を統合したメタ解析では、BPDの方が小児期のつらい体験を報告するオッズは、精神科にかかっていない対照群の13.91倍、他の精神疾患をもつ群の3.15倍でした。ここでのオッズ比(OR)は確率の比ではないため、虐待を受ける確率が14倍 逆境があるとBPDになる確率が14倍 という意味ではありません。また、多くは観察研究や過去を振り返る研究であり、想起の影響や他の要因を完全には除けません。関連は強くても、因果関係が証明されたわけではありません。
したがって、トラウマがあればBPDになる BPDなら必ず虐待歴がある という理解も誤りです。生まれもった気質や遺伝的素因、発達過程、逆境体験、家族・対人環境など、複数の要因が組み合わさると考えるのが現時点では妥当です。
境界性パーソナリティ症の長期転帰
BPDの長期研究は、かつての治らない病気というイメージを大きく変えました。CLPSという10年間の追跡研究では、85%がBPDの診断基準を満たす項目が2つ以下の状態が12か月続くという寛解に至りました。論文本文での寛解後の再発は11%でした。しかし症状が改善した後も、社会生活上の機能障害は長く残る傾向がありました(Gunderson et al., 2011)。
別の長期研究MSADでは、もともと入院治療を受けたBPD患者290人を追跡し、10年間に93%が2年以上続く症状寛解、86%が4年以上続く持続的寛解を経験しました。一方、回復はより厳しく、2年以上の症状寛解に加え、全体的な機能が一定水準以上で、安定した就労・就学と支えになる親しい関係が保たれている状態を指します。この回復に至った方は10年間で50%で、回復した方の34%はその後に回復状態を失いました(Zanarini et al., 2010)。16年追跡でも、症状寛解は78~99%であったのに対し、回復は40~60%でした(Zanarini et al., 2012)。
さらに24年追跡では、持続期間の定義によってBPDの症状寛解は77~100%、回復は37~60%でした。つまり、症状が落ち着くことはかなり期待できる一方、仕事、学業、人間関係まで安定した状態を長く保つことは、より難しく時間がかかるというのが長期研究の一貫した姿です(Zanarini et al., 2024)。
ここで重要なのは、CLPSやMSADは特定の治療の効果を調べたランダム化比較試験ではなく、実際に治療を受けながら暮らしている人々の経過を追った研究だという点です。この治療を受ければ9割が治る と読み替えることはできません。それでも、一度BPDと診断されたら一生変わらない という見方が長期データと一致しないことも確かです。
心理療法
BPDの治療で最も研究されているのは心理療法です。Storebøら(2020)のCochraneレビューは75件のランダム化比較試験、4,507人を統合し、心理療法は通常治療よりBPDの重症度を改善すると報告しました。効果量は標準化平均差(SMD)−0.52でした。SMDは異なる評価尺度の差を共通の単位に直したもので、0.5前後は平均的には中等度の差と解釈されます。ただし、自傷、自殺関連転帰、社会機能については効果がより小さく、エビデンスの確実性も低いと評価されました。
代表的な治療には弁証法的行動療法(DBT)、メンタライゼーションに基づく治療(MBT)、スキーマ療法、転移焦点化精神療法(TFP)などがあります。しかし、専門療法なら何でも同じ、あるいは DBTだけが特別に優れている とまでは言えません。Setkowskiら(2023)の43研究・3,273人のネットワークメタ解析では、いくつかの専門療法は通常治療などより有効でしたが、専門療法同士を直接比べた研究は少なく、単一の最良治療を決められる状態ではありません。
専門的なプログラムだけが選択肢でもありません。DBTとGPM(Good Psychiatric Management:構造化された一般精神科的マネジメント)を180人で比較したMcMainら(2009)の試験では、両群で自傷、BPD症状、抑うつ、怒り、対人関係などが改善し、主要な転帰に明確な群間差は認められませんでした。治療名以上に、診断について丁寧に共有し、目標を決め、安全計画を作り、危機対応、感情調整、対人関係、生活機能を一貫して扱うことが重要です。
さらにPereira Ribeiroらが2025年にオンライン公表した個人参加者データ・メタ解析では、対象となり得た42試験のうち19試験・1,482人の個人データを統合し、心理療法は通常治療・臨床的マネジメントよりBPD重症度を低下させました。ただし効果は控えめで、すべての試験にバイアス上の懸念があり、欠測データも25.1%ありました。心理療法は有効である可能性が高いが、万能ではなく、研究の限界もある という理解が適切です。
薬物療法
薬物療法の位置づけは、心理療法ほど強くありません。Stoffers-Winterlingら(2022)のCochraneレビューは46試験・2,769人をまとめましたが、BPDの中核的な病理、自傷、自殺関連転帰、社会機能を薬が確実に改善するという根拠は乏しく、多くの結果は低い、または非常に低い確実性でした。現在、薬を BPDそのものを治す治療 と考える根拠はありません。
米国APA(2024)は、薬を使う場合には、まず併存症やこれまでの治療を確認したうえで、測定可能な標的症状に対して期間を区切り、心理療法の補助として用いることを提案しています。また少なくとも6か月ごとに薬を見直し、減量・中止できる薬がないか検討することを推奨しています。これに対し英国NICE(2009)はより慎重で、BPDそのものだけでなく、情緒不安定などBPDに伴う個々の症状を目的とした薬物療法も推奨せず、抗精神病薬の中長期使用も勧めていません。両ガイドラインには、この点で温度差があります。
一方、Gerolymosら(2026)の35試験・2,551人を対象としたネットワークメタ解析では、トピラマート、ラモトリギン、アリピプラゾールなど一部の薬剤が、怒り、敵意、攻撃性を短期的に軽減する可能性が示されました。ただし主に数週間程度の試験から得られた知見であり、薬でBPDそのものを治せる ことを示したものではありません。うつ病、ADHDなど明確な併存症がある場合には、それぞれの疾患に対する標準治療を別に検討します。
診断は人格への批判ではなく支援の手がかり
パーソナリティ症は、性格が悪いわがまま本人の努力が足りないという説明では捉えられません。遺伝的な素因、発達の過程、逆境体験、現在の環境などが複雑に関わり、感情や対人関係、自己理解、衝動の調整などに長期的な困難が生じる、医療の対象となる状態です。特にBPDでは、長期追跡研究から、症状の寛解は多くの人に起こりうる一方、仕事や人間関係を含む回復にはより時間がかかることが示されています。
治療の中心は構造化された心理療法で、薬は必要に応じた補助と考えるのが現在の標準的な立場です。診断名をこの人はこういう人だという固定的なラベルとして使うのではなく、どこに困難があり、何を変えていけるのかを患者と医療者が共有するための地図として使うことが大切です。
この記事の監修者
メンタルクリニック下北沢
院長・精神保健指定医
堀江 宇志
- 【所属学会】
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- 日本精神神経学会
- 日本認知症学会
- 日本臨床睡眠学会
- 日本学校メンタルヘルス学会
- 【経歴】
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京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。