身体症状症および関連症群
最終更新日:2026.03.27
身体症状症および関連症群
①疾患の概要
身体症状症および関連症群(Somatic Symptom and Related Disorders)は、身体的な症状や健康への懸念が前景に立つが、その背景に心理的・精神医学的な要因が深く関与している疾患群です。DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、身体症状症、病気不安症、変換症(機能性神経症状症)、作為症(虚偽性障害)、他の医学的疾患に影響する心理的要因などが含まれます。
この疾患群を理解する上でまず重要なのは、「症状が本物かどうか」という問いの立て方を根本から見直すことです。身体症状症および関連症群における身体症状は、本人が作り出している・大げさに言っている・気のせいであるといった性質のものではありません。症状は本人にとって完全にリアルな苦痛として体験されます。 精神医学的疾患としての位置づけは「症状が心理的に生み出されているから本物ではない」という意味ではなく、「脳と身体の機能的なつながりの中で生じている苦痛であり、精神科的なアプローチが有効である」ということを意味します。
日本においては、内科・総合診療科・神経内科などを長年受診し、検査でも異常が見つからないまま適切な治療を受けられずにいる患者が多数存在します。「気のせいだ」「異常はない」と繰り返し言われ続けることで、二次的なうつ・不安・医師不信が深まるケースも少なくありません。当院では、身体症状の背景にある心理的・精神的な要因を丁寧に評価し、他科との連携を視野に入れながら、包括的な支援を提供します。
②主な症状
身体症状症
身体症状症は、1つ以上の身体症状が持続的に存在し(通常6ヶ月以上)、それに関連した過度な思考・感情・行動が生活に著しい支障をもたらす状態です。症状の内容は多様で、疼痛(頭痛・腹痛・背部痛・胸痛等)、疲労感・倦怠感、消化器症状(吐き気・嘔吐・下痢・便秘)、神経学的症状(しびれ・ふらつき等)など、様々な身体部位にわたることがあります。
重要なのは、症状そのものよりも、症状に対する過度な懸念・反応・行為が診断の核心である点です。「重篤な病気ではないか」という不均衡に強い恐怖・心配が続く、身体症状への注意が過剰に集中している、症状があることを前提として行動を制限し過ぎている、繰り返し医療機関を受診するが安心感が長続きしない、といった特徴が見られます。
病気不安症(旧・心気症)
身体症状が軽微またはほとんどない(または全くない)にもかかわらず、深刻な病気にかかっているという持続的な確信・強い不安があり、それが6ヶ月以上続く状態です。「癌ではないか」「重大な神経疾患ではないか」といった懸念が繰り返し生じ、医師に「異常はない」と言われても安心が持続しない、体のわずかな変化を重大な疾患のサインとして解釈する、インターネットで症状を調べ続けてさらに不安が高まる(サイバーコンドリア)などの行動が見られます。
「受診探索型」(繰り返し医療機関を受診し検査を求める)と「受診回避型」(病気であることの確認が怖くて医療機関を避ける)の2つのパターンがあります。
変換症(機能性神経症状症)
変換症は、神経学的疾患と一致しない運動・感覚・意識の症状が現れる疾患です。随意運動の障害(脱力・麻痺・振戦・歩行困難)、感覚の障害(しびれ・疼痛・視力低下・失声)、意識・認知の症状(解離発作・偽発作=機能性けいれん)などとして現れますが、神経学的検査では器質的な病変が確認されない特徴があります。
症状は本人が意図的に作り出しているものではなく、脳と身体の機能的な「接続の乱れ」として生じていると理解されています。重大なストレス・外傷体験の後に急発症することがあります。神経内科・脳神経外科での精査を経て、精神科に紹介されるケースが典型的な経過です。
他の医学的疾患に影響する心理的要因
糖尿病・高血圧・喘息・炎症性腸疾患・慢性疼痛など、診断のついた医学的疾患の経過・治療・回復に、心理的・行動的要因が悪影響を及ぼしている状態です。ストレスが身体疾患を悪化させる、治療への非遵守が心理的要因に由来する、などが典型例です。
③原因・メカニズム
脳-身体相互作用の機能的障害
現代の精神神経科学の最も重要な知見の一つは、脳と身体が一方向的ではなく双方向的に密接に影響し合っているという事実です。ストレス・感情・思考が身体の生理機能を変化させ、逆に身体の状態が感情・認知・行動に影響する——このフィードバックループが機能的に乱れることが、身体症状症および関連症群の中核的メカニズムです。
中枢性感作(Central Sensitization)は身体症状症の重要な神経生物学的基盤の一つです。中枢神経系(脳・脊髄)が疼痛・感覚刺激に対して過敏になった状態であり、通常であれば痛みとして知覚されないような刺激でも強い疼痛として体験されます。慢性疼痛・線維筋痛症・過敏性腸症候群・慢性疲労症候群などはこのメカニズムが関与すると理解されています。
HPA軸と自律神経系の慢性活性化
慢性的なストレス・不安は、視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)の持続的な活性化をもたらし、コルチゾールの慢性的な分泌過剰につながります。これが免疫機能・消化機能・睡眠・認知機能に広範な影響を与え、多彩な身体症状の基盤となります。また自律神経系(交感・副交感神経のバランス)の乱れも、動悸・発汗・消化器症状・疲労感などに直結します。
注意・認知的要因
身体症状症では、身体感覚への選択的注意の過剰集中が重要な維持要因として機能します。身体のある部位に強く注意を向けることで、通常は意識化されない生理的感覚(心拍・腸の動き・軽微な筋緊張等)が増幅されて知覚されます。これが「やはり何かある」という確信を強め、さらに注意が集中する——という悪循環を形成します。また、身体症状を「重篤な疾患の証拠」として解釈する破局化思考がこのサイクルを加速させます。
心理的・発達的要因
幼少期の逆境体験(虐待・ネグレクト・慢性的なストレス)、身体的な病気を抱えて育った経験、「感情を言葉で表現することへの困難(アレキシサイミア)」なども、身体症状症の発症リスクと関連します。感情を言語化できない場合、心理的苦痛が「身体の言語」として表現される(身体化)というメカニズムが提唱されています。
変換症の神経科学的理解
変換症(機能性神経症状症)については、近年の神経画像研究から、運動・感覚の制御に関わる皮質-皮質下ネットワークの機能的接続性の変化が示されています。「意図」と「運動制御」の間の神経回路の乖離が、意図しない運動障害・感覚障害として現れると理解されています。以前は「ヒステリー」と呼ばれ誤解されてきた疾患ですが、現代神経科学によって生物学的メカニズムの解明が進んでいます。
④当院の治療方針
身体症状症および関連症群の治療において、当院は「症状の否定ではなく苦痛への共感から始める」という姿勢を最も重視します。「検査で異常はない」と言われ続けた経験を持つ方が多いため、まず症状が本物の苦痛であることを認め、その上で精神科的なアプローチがなぜ有効かを丁寧に説明します。
身体疾患の除外と他科との連携
精神科受診の前に十分な内科的・神経学的精査が行われていない場合は、まず適切な身体科への受診を勧めます。身体疾患が除外されている、または器質的疾患との合併と判断される場合には、精神科・心療内科的介入を進めます。かかりつけの内科・総合病院との連携も積極的に行います。
心理教育
治療の最初の重要なステップは、脳-身体相互作用の科学的メカニズムを患者が理解することです。「心の問題=症状が嘘」ではなく、「脳と身体は深くつながっており、精神的なストレス・不安が身体症状として現れることは医学的に十分説明可能である」という理解を共有します。この心理教育それ自体が治療的意味を持ちます。
認知行動療法(CBT)的アプローチ
身体症状への過剰な注意・破局化思考の修正、安心を求める行動(繰り返し受診・繰り返し検索)の段階的な変容、身体症状があっても生活を維持する行動活性化、感情と身体感覚のつながりへの気づき、などを組み合わせた認知行動療法的なアプローチが有効性の高いエビデンスを持ちます。
薬物療法
合併するうつ病・不安障害に対しては、SSRIやSNRIによる薬物療法が有効です。慢性疼痛を伴う身体症状症では、SNRIがしばしば疼痛への直接的な効果も発揮します。睡眠障害が強い場合は、睡眠の質の改善を目的とした薬物療法も行います。変換症のうち、筋収縮・痙攣を伴うものに対しては、筋弛緩薬が補助的に用いられることがあります。
ストレス管理と生活習慣の改善
慢性的な身体症状の維持に自律神経系の乱れが関与している場合、リラクゼーション技法(腹式呼吸・漸進的筋弛緩法等)、規則正しい睡眠・食事・運動の習慣化、過度な休息(活動の過剰な制限)ではなく段階的な活動再開という「ペーシング」の考え方も重要な治療要素となります。
長期的・継続的な関与
この疾患群は症状が慢性化しやすく、治療効果が出るまでに時間を要する場合があります。「治らない」という絶望感を持っている方も多いですが、継続的な治療的関与によって生活の質が改善する方は多くいます。症状の完全消失ではなく「症状があっても生活できる」「症状に振り回されない」ことを現実的な目標として設定することが、長期的な回復に向けた重要な視点です。
⑤受診の目安(セルフチェック)
以下の項目に複数当てはまる場合、精神科・心療内科への相談をお勧めします。
身体症状が気になる方
- 頭痛・腹痛・疲労感・しびれなどの身体症状が続いているが、内科等での検査で異常が見つからない
- 「異常はない」と言われても安心できず、別の病院・別の検査を繰り返している
- 身体症状への心配・不安が強く、それが生活・仕事・対人関係に著しく支障をきたしている
- 症状が悪化することへの不安から、活動を大きく制限するようになっている
- 体のわずかな変化を、重大な疾患のサインとして解釈してしまう
- インターネットで症状を調べるほど、かえって不安が高まることを繰り返している
身体症状と心理的苦痛の関連が気になる方
- ストレスがかかると、身体症状(頭痛・胃痛・動悸等)が悪化することを自分でも感じている
- 大きなストレス体験の後から、身体の動かしにくさ・感覚の異常が生じるようになった
- 気分の落ち込み・不安が続いており、身体症状も同時に多く出ている
「心の問題と言われたくない」という方も、「身体と心は切り離せないものである」という現代医学の理解の下で、当院では身体症状を真剣に受け止めた上で対応します。