食行動障害および摂食障害群

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最終更新日:2026.03.16

食行動障害および摂食障害群

 

①疾患の概要

食行動障害および摂食障害群(Feeding and Eating Disorders)は、食事・体重・体型に関する著しく乱れた行動・認知・感情のパターンによって、身体的健康または心理社会的機能に重大な支障をきたす疾患群です。DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、神経性やせ症(拒食症/Anorexia Nervosa)神経性過食症(過食症/Bulimia Nervosa)過食性障害(Binge Eating Disorder)回避・制限性食物摂取症(ARFID)異食症反芻症などが含まれます。

摂食障害は、精神疾患の中でも最も死亡率が高い疾患の一つです。神経性やせ症の死亡率は約5〜10%(精神疾患全般の中で最高水準)であり、低栄養による身体合併症と自殺の両方がその要因となっています。この事実は、「ダイエットの延長」「意志が弱いだけ」という社会的偏見とは全く相容れません。摂食障害は深刻な医学的疾患であり、早期の専門的介入が生命予後に直接関わります。

日本では10〜30代の女性に多く見られますが、男性の摂食障害も決して稀ではなく(摂食障害患者の約10%が男性とされる)、年齢層も多様化しています。また、ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)、うつ病、不安障害、PTSDなどの精神疾患との合併率が非常に高く、摂食障害の背景にあるこれらの問題への対応が治療を複雑にすることがあります。

受診のハードルが極めて高い疾患群でもあります。「もっと痩せたい」という自我親和的な側面を持つ神経性やせ症では、病識そのものが損なわれやすく、本人が治療の必要性を感じにくい場合があります。ご家族や周囲の方が心配して同行されるケースも多く、当院では本人・家族の双方を支える体制を整えています。


②主な症状

神経性やせ症(拒食症)

神経性やせ症の核心は、エネルギー摂取の持続的な制限によって有意に低い体重(年齢・性別・発達段階・身体健康状態に対して)が維持されること、体重増加または肥満への強烈な恐怖(または体重増加を妨げる持続的な行動)、体重・体型の体験の障害(自分の体重・体型の認知の歪み、体重・体型が自己評価に与える過度な影響、または低体重の深刻さの否認)の3つです。

身体的症状として、著明な体重減少・低体重、無月経(女性)、低体温・むくみ・産毛(ラヌーゴ)の出現、低血圧・徐脈・電解質異常、骨密度低下(骨粗鬆症)、脱毛、消化管機能の低下(便秘・腹部膨満・胃もたれ)などが見られます。重症例では不整脈・心不全・腎不全など生命を脅かす合併症が生じます。

精神・行動面では、食事に関する強迫的なこだわり(カロリー計算・食事制限・食品分類)、食後の嘔吐・下剤乱用・過剰な運動による体重コントロール(排出型)、食事場面の回避、自己評価が体重・体型のみに過度に依存している、完璧主義・強迫的な気質が強いことが多い、などが挙げられます。

「制限型」(食事制限のみ)と「過食・排出型」(食事制限に加えて過食・排出行動を伴う)の2つのサブタイプがあります。

神経性過食症(過食症)

神経性過食症は、繰り返す過食エピソード(同様の状況で他の人が食べる量より明らかに多い食物を短時間に摂取し、その間に食べることへのコントロール感の喪失を感じる)と、体重増加を防ぐための不適切な代償行動(自己誘発性嘔吐・下剤・利尿剤・浣腸の乱用・絶食・過剰な運動)が繰り返される疾患です。これらが3ヶ月にわたり週1回以上生じ、自己評価が体重・体型に過度に影響されていることが診断要件です。

神経性やせ症と異なり、神経性過食症の体重は正常範囲内であることが多く、外見からは問題が見えにくいため、発覚・受診がさらに遅れやすい傾向があります。過食・嘔吐のサイクルは本人に深い羞恥心・自己嫌悪をもたらし、「誰にも言えない秘密」として長年抱え込まれるケースが多くあります。

反復する嘔吐による身体合併症として、歯のエナメル質の侵食、唾液腺(耳下腺)の腫脹、食道・咽頭の炎症、電解質異常(特に低カリウム血症による不整脈リスク)などが生じます。

過食性障害(BED)

過食エピソードが繰り返されるが、神経性過食症のような定期的な代償行動を伴わない疾患です。過食時に、①食べるのが異常に速い、②不快なほど満腹になるまで食べる、③身体的に空腹でないのに大量に食べる、④過食を恥ずかしく思い一人で食べる、⑤後で自己嫌悪・抑うつ感・強い罪悪感を感じる、といった特徴を伴います。肥満と高率に合併しますが、肥満のない過食性障害も存在します。

摂食障害の中で最も有病率が高く(成人の約2〜3%)、男性にも比較的多く見られます。慢性的な過食が自己嫌悪・うつ・孤立を深め、さらに過食に駆り立てるという悪循環が形成されます。

回避・制限性食物摂取症(ARFID)

体重・体型への懸念とは関係なく、食物への興味の欠如、食物の感覚的特性(匂い・食感・見た目等)への嫌悪、食べることに関する嫌な体験(嘔吐・窒息)への恐怖などを背景に、食物摂取が著しく制限される疾患です。自閉スペクトラム症(ASD)や感覚過敏との合併が多く見られ、小児期のみならず成人にも存在します。


③原因・メカニズム

生物学的・神経科学的要因

セロトニン系の機能的差異は摂食障害の最も確立された神経生物学的基盤の一つです。セロトニンは食欲調節・気分・衝動制御・完璧主義的気質に深く関わっており、神経性やせ症・神経性過食症の両方でセロトニントランスポーターや受容体の機能的差異が報告されています。回復後もこの差異が持続するという所見は、摂食障害への生物学的脆弱性が先行して存在することを示唆します。

報酬系と飢餓の相互作用も重要です。極度の飢餓状態では、ドーパミン報酬系の感受性の変化や、空腹感を感じにくくなるアロスタシスが生じ、食事制限そのものが「報酬」として体験されるようになる可能性があります。これが回復を困難にする一因です。

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)と脳腸相関:近年、摂食障害患者の腸内細菌叢の構成が健常者と有意に異なることが示されており、腸内環境の変化が脳の神経化学的状態に影響し、摂食行動・気分・不安に関与する可能性が研究されています。

遺伝率は神経性やせ症で約50〜60%と推定されており、遺伝的素因が発症リスクに大きく関与することが示されています。

心理的要因

完璧主義・強迫的気質は神経性やせ症の最も強い心理的リスク因子の一つです。「完璧にコントロールできる」という感覚を食事制限に求めるパターンが形成されやすい素因となります。

低自己評価・自己効力感の低さは摂食障害全般のリスク因子です。自己評価が体重・体型のみに依存する状態では、体重減少が達成感・自己価値の唯一の源泉となります。

感情調節の困難は過食症・過食性障害と特に強い関連があります。不快な感情(不安・抑うつ・怒り・孤独)を「食べる・吐く」というサイクルで一時的に解消しようとするパターンが形成されます。過食後の自己嫌悪がさらに強い不快感情を引き起こし、また過食に駆り立てるという悪循環が生じます。

トラウマ体験・性的虐待の既往も摂食障害のリスクを高めることが示されており、解離・身体化との関連でも理解されます。

社会文化的要因

痩身を理想化する社会文化的圧力、メディア・SNS上の「理想の身体」への暴露、ダイエットの普及・賞賛は、生物学的脆弱性を持つ個人に対して摂食障害発症の引き金となる社会的要因として強く作用します。特に思春期という発達的に脆弱な時期における痩身賞賛文化への暴露は、発症リスクを高めます。


④当院の治療方針

摂食障害の治療は、その重症度・栄養状態・身体合併症の有無・本人の動機づけによって大きく異なります。当院では「身体の安全の確保」「栄養状態の回復」「心理的回復」の3段階を念頭に置きながら、個々の状態に合わせた治療計画を立てます。

重症度評価と入院適応の判断

初診では、体重・BMI・バイタルサイン・最近の体重変化の速度・電解質異常の有無・自傷・希死念慮などを評価します。BMIが著しく低い(15以下が目安)、急速な体重減少、重篤な電解質異常(低カリウム血症等)、自殺リスクが高い場合は、入院治療(内科または精神科)が必要であり、速やかに対応する医療機関への紹介を行います。外来治療の継続が安全と判断される範囲で、当院での治療を進めます。

栄養状態の回復支援

低栄養状態では脳機能も著しく損なわれており、心理的な治療介入の効果が制限されます。体重・栄養状態の回復は、心理的治療の前提条件として重要です。必要に応じて内科・管理栄養士との連携を行います。

心理的アプローチ

認知行動療法(CBT-E:Enhanced CBT)は神経性過食症・過食性障害に対して最も強いエビデンスを持つ心理療法です。体重・体型の過大評価という摂食障害の核心的な認知の歪みを標的とし、食事制限・過食・代償行動・回避行動という悪循環を系統的に修正します。

精神力動的・対人関係的アプローチは、摂食障害の背景にある自己評価の問題・感情調節の困難・対人関係のパターンを扱い、長期的な回復を支えます。

家族療法(モーズレイ・アプローチ等)は特に若年・思春期の神経性やせ症において有効性が確立されており、家族が回復の積極的なサポーターとなることを促します。当院でも、必要に応じてご家族へのサポートと心理教育を提供します。

薬物療法

神経性過食症・過食性障害に対しては、SSRIとりわけフルオキセチン(日本では類似薬)が過食衝動・過食頻度の軽減に有効とされています。合併するうつ病・不安障害・ADHDへの薬物療法も同時に進めます。

神経性やせ症に対する有効な薬物療法はまだ確立されていませんが、合併する強迫症状・不安・うつへの対症的な薬物療法は症状緩和に役立ちます。低栄養状態では多くの薬剤の副作用リスクが増すため、慎重な判断が必要です。

本人・家族へのサポート

摂食障害は回復に長期間を要することが多く、経過中に何度も「波」があります。「なかなか回復しない」という焦りや絶望感を本人・家族ともに抱えやすい疾患です。当院では、長期的な治療関係の中で症状の波に一緒に向き合い、小さな回復のステップを支えていく姿勢を大切にします。


⑤受診の目安(セルフチェック)

以下の項目に複数当てはまる場合、早めに専門機関にご相談ください。

ご自身についてのチェック

  • 食べる量を著しく制限しており、それが止められない・止めたくないと感じている
  • 体重増加への強い恐怖があり、体重・体型が自己評価のほぼすべてを占めている
  • 自分の体型・体重について「太っている」という強い確信があり、周囲の指摘と一致しない
  • 過食が止められない、食べ始めると量をコントロールできない状態が繰り返される
  • 過食の後に嘔吐・下剤使用・過剰な運動で「帳消し」にしようとしている
  • 食事・体重のことが頭から離れず、日常生活・仕事・勉強に集中できない
  • 月経が止まっている(女性)、または体力の著しい低下・めまい・失神がある
  • 「食べること」「体重」に関連して強い自己嫌悪・羞恥心・孤立感がある

ご家族・周囲の方が気になる場合

  • 食事の量が著しく少なく、体重の減少が明らかである
  • 食事後にトイレに長時間こもる、または食後に必ず激しく運動する
  • 食事の話題・家族での食事場面を強く避けるようになった
  • 体型・体重について過度に話したり、自分の身体を繰り返し確認したりしている

摂食障害は「自分の意志でやめられる」疾患ではありません。適切な治療的支援によって回復する疾患です。「まだそこまでひどくない」「もう少し太ったら行く」と受診を先延ばしにすることで、身体的・心理的なダメージが蓄積します。心配なことがあれば、早めにご相談ください。ご本人だけでなく、ご家族からのご相談も受け付けています。