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2026.02.19

うつ病の新しい治療薬「ザズベイ®(一般名:ズラノロン)」について

はじめに

2025年12月に日本で「うつ病・うつ状態」を効能・効果として承認された本剤は、1日1回・14日間の短期投与で治療が完結するという、これまでにないコンセプトの抗うつ薬です。従来の抗うつ薬が効き始めるまでに2〜4週間を要するのに対し、本剤は服用開始3日目から症状改善が確認されており、「つらい今をいち早く楽にする」ことを目指して開発されました。

作用のしくみ——GABAを介した新しいアプローチ

私たちの脳には、神経の過剰な興奮を鎮めるGABA(ギャバ)という物質があります。うつ病の患者さんでは、このGABAによる抑制系の働きが弱まり、脳が過剰に興奮した状態になっていることが知られています。ザズベイは、内因性の神経ステロイドであるアロプレグナノロンの合成アナログであり、GABAの働きを担うGABA-A受容体に結合してその機能を強力にサポートします。

従来の抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)がシナプス内部の受容体のみに作用して一過性の鎮静をもたらすのに対し、ザズベイはシナプス外部のδサブユニット含有受容体にも働きかけるという決定的な違いがあります。これにより、脳全体の興奮レベルを持続的に鎮める「緊張性抑制」が強化されます。さらに、ザズベイにはGABA-A受容体の細胞表面発現を増加させる作用があることが基礎研究で示唆されており、これが14日間の投与期間を超えて効果が持続する一因である可能性が指摘されています。ただし、ヒトでの効果持続を説明する確定した機序とまではまだ言えません。

 

セロトニンやノルアドレナリンを調整する従来の抗うつ薬(SSRI・SNRI)とは根本的に異なるこの直接的な抑制系への介入が、早期の効果発現を可能にしています。

使い方

30mgを1日1回、夕食後に14日間服用します。高脂肪・高カロリーの食事の後に服用すると、空腹時に比べて血中濃度のピーク(Cmax)や薬の総吸収量(AUC)が大きく上昇することが確認されており(日本の添付文書では、それぞれ空腹時の約4.1倍・約2.3倍と報告されています)、十分な効果を得るために食後の服用が必須です。

 

症状が早く改善しても自己判断で中止せず14日間飲みきってください。再投与は前回終了から6週間以上あけて行います。寛解・回復後の再燃予防を目的とした漫然投与は行いません。また、現時点では他の抗うつ薬への上乗せ効果は示されていません。本剤は習慣性医薬品に位置づけられており、用法・用量の遵守が求められます。

臨床試験のエビデンス

日本の第3相試験(承認根拠): 日本人MDD患者412名(HAM-D17スコア22点以上)を対象とした多施設二重盲検試験で、15日目のHAM-D17変化量はズラノロン群−7.43点、プラセボ群−6.23点(群間差−1.20点、95%CI −2.32〜−0.08、p=0.0365)と統計学的に有意な改善を示しました。3日目・8日目の早期時点でも有意差が確認されており、速効性は日本人でも再現されています。重篤な有害事象の報告はありませんでした。ただし、投与終了後の22日目から57日目までは群間差が明確でなくなりました。プラセボ群の自然改善もあり、14日間の投与だけで長期的に効果が持続するとは限らない点は理解が必要です。

海外MDD試験: WATERFALL試験(50mg、543名)では15日目に有意な改善(群間差−1.7点、p=0.0141)と3日目からの早期効果が確認されました。一方、先行するMOUNTAIN試験(30mg、581名)では主要評価項目を達成できず(p=0.116)、用量不足や服薬アドヒアランスの問題が指摘されています。

抗うつ薬と同時に開始するCORAL試験(50mg、440名)では、3日目という早期の時点で有意差(p=0.0004)を示し、従来薬の効果が現れるまでの「橋渡し」として使える可能性が示唆されました(ただし、これは治療初期の上乗せを検討したものであり、継続的な併用効果を確立したものではありません)。

産後うつ病(PPD):SKYLARK試験(50mg、196名)では15日目にプラセボとの間に−4.0点の大きなスコア差(p=0.0007、効果量d=0.52)で有意に改善し、効果は投与終了後45日目まで持続しました。15日目の反応率(症状が半分以下に改善した方の割合)はズラノロン群57%対プラセボ群38.9%で有意でした(p=0.02)。一方、寛解率(症状がほぼ消失した方の割合)は26.9%対16.7%で、数値の上ではズラノロン群が高かったものの統計学的な有意差は認められませんでした。それでも反応率での有意差や効果の持続性から、PPDに対するエビデンスは比較的強固といえます。

日本での適応は「うつ病・うつ状態」ですが、PPDはその中でも特に有効性が期待される領域です。

長期データ:SHORELINE試験(オープンラベル)では、初回反応例のうち1年間で1回の治療コースのみで済んだ方の割合は30mg群で約43%、50mg群で約55%でした。次の治療が必要になるまでの期間の中央値は30mg群で約4.4か月、50mg群で約8.2か月であり、「必要なときだけ治療する」エピソード治療の実現可能性が示されています。

 

メタアナリシス: 2024〜2025年にかけて複数のメタアナリシスが発表されており、早期の効果発現と短期的な有効性は一貫して支持されています。ただし、うつ病全般(MDD)における効果量は中等度(プラセボとの差はおおむね−2.0〜−2.7点の範囲)にとどまり、SSRIなど既存の抗うつ薬との直接比較試験は存在しません。なお、2025年に公表されたコクランレビューは産後うつ病を対象としたものであり、その知見をうつ病全般にそのまま当てはめることはできません。効果の位置づけには、今後さらなるデータの蓄積が必要です。

副作用と注意事項

主な副作用はGABA増強作用に由来する傾眠(10〜20%以上)、めまい(10〜15%)、頭痛、鎮静です。錯乱状態がまれに報告されることもあります。一方、従来の抗うつ薬で問題になりやすい体重増加・性機能障害・離脱症状はほとんど報告されておらず、これは服薬継続における大きな利点です。

【最重要】服用期間中(14日間)および終了後数日間は、自動車・バイク・自転車の運転や危険な機械操作を絶対に行わないでください。 自覚的な眠気がなくても判断力や反射機能が低下していることがあります。米国では、服用後少なくとも12時間の運転・危険作業の禁止が、FDA添付文書の最も強い「枠囲み警告(黒枠警告)」として明記されています。日本の添付文書では枠囲み警告の形ではありませんが、「重要な基本的注意」として同様に運転等を避けるよう求めています。

 

運転が業務上不可欠な方は、使用の可否を慎重にご相談ください。

その他の重要な注意点として、日本の添付文書では妊娠中および妊娠している可能性のある方は禁忌とされています。産後うつ病で使用を検討される場合を含め、妊娠の可能性や授乳の有無については必ず事前にご申告ください(授乳中の使用可否は個別にご相談ください)。双極性障害が疑われる場合は、躁状態への転化など症状悪化のおそれがあり、慎重な診断が必要です。

CYP3A4を介した薬物相互作用(イトラコナゾール等の併用で血中濃度上昇)やアルコールとの併用に注意が必要です。治療初期の不安・焦燥の増悪や自殺念慮の出現には、特に若年者で留意し、変化があればすぐにご連絡ください。

つらい症状を早く軽くしたい方(仕事や育児への早期復帰が必要な場合)、従来薬の副作用(吐き気・性機能障害・体重増加など)で治療を続けられなかった方、長期服薬に抵抗がある方、産後うつ病でお悩みの方に特に適しています。一方、治療抵抗性うつ病に対する臨床試験データはまだ存在しないこと、すべての方に強い効果が出るわけではないことにご留意ください。

この記事の監修者

メンタルクリニック下北沢

院長・精神保健指定医

堀江 宇志

【所属学会】
  • 日本精神神経学会
  • 日本認知症学会
  • 日本臨床睡眠学会
  • 日本学校メンタルヘルス学会
【経歴】

京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。