学術メンタルヘルス
2025.07.24
PTSDとPTG:トラウマから「障害」になる人と「成長」する人の違い
心理的・神経生理学的背景
強いトラウマ体験後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する人もいれば、PTG(心的外傷後成長)といって逆に心理的な成長を遂げる人もいます。PTSDでは恐怖記憶に囚われて心の傷が癒えないのに対し、PTGを経験する人は出来事の意味を見出し、人生観を再構築することで心的外傷を乗り越えます。
脳の反応にも違いがあります。PTSD患者では、扁桃体の過活動や海馬体積の小ささといった所見が報告されています。ただし、最大規模の多施設共同研究では海馬の体積差はごくわずかであり、また双子研究からは、小さい海馬がトラウマによる「結果」というより、もともとPTSDを発症しやすい「脆弱性の素因」である可能性も示されています。一方、PTGを遂げた人では前頭前野の働きが関与している可能性が、いくつかの予備的な研究で示唆されています。例えば、前向きな感情や積極的対処に関わる左前頭部の脳活動が高い傾向(重度交通事故生存者を対象とした研究)や、PTGと背外側前頭前野(DLPFC)の構造との関連を報告した小規模研究があります。これらは認知的な意味づけや感情コントロールの働きを反映する可能性のある所見です。ただし、これらはいずれも少人数(数十名規模)を対象とした探索的な研究であり、PTGとPTSDの神経基盤の違いについて確かな結論を出せる段階ではありません。今後のさらなる検証が必要です。
個人要因(性格・社会的支援・トラウマ歴)
性格傾向: 性格特性とトラウマ後の反応には関連がみられます。Big Five(5因子)性格特性とPTGの関連を検討した系統的レビューでは、外向性や開放性、誠実性が高い人ほどPTG得点が高い傾向が報告されています。一方、神経症的傾向(情緒不安定性)については、不安症・抑うつ症・PTSDを含む幅広い精神疾患との関連が大規模なメタ分析(Kotovら, 2010)で示されており、PTSD症状の生じやすさに関わる要因の一つと考えられています。柔軟で前向きな気質がトラウマ後の成長を後押しし、ネガティブな気質はリスク要因となり得ます。
社会的支援: 家族や友人など周囲からの支援はPTGを促す重要な要素です。2023年のメタ分析では、社会的支援とPTGには中程度の正の相関(約r=0.4)があると報告されました。支えてくれる人の存在が、トラウマによる絶望感を和らげ、立ち直りと成長を助けます。
過去のトラウマ歴: 幼少期から繰り返しトラウマを経験した人は、その後に新たなPTSDを発症しやすく、症状も重くなりがちであることが、小児期逆境体験(ACE)研究をはじめとする多くの調査で示されています。一方、適度な逆境の経験はレジリエンス(心の弾力性)を育み、その後のストレス対処力を高めるとの指摘もあります。つまり過去の経験が多すぎても少なすぎても問題で、適度な試練を乗り越えた体験がある人は新たな困難でもPTGに至りやすい可能性があります。
介入(治療や支援)の影響
心理的介入の有無もPTSDとPTGを分ける大きなポイントです。専門的治療を受けることでPTSD症状が軽減し、PTGにつながりやすくなります。例えば、2000年の乳がん患者対象RCT研究(Cruessら、米国マイアミ大学)では認知行動ストレス管理の介入群でストレスホルモンの低下とポジティブな心理変化(ベネフィットファインディング)の増加が確認されました。適切な心理療法(認知処理療法やEMDRなど)により、トラウマ記憶の統合と意味づけが促進され、PTGを引き出せる場合があります。しかし注意すべきは、焦点を当てる順序です。急性期にはまず安全確保と症状緩和が最優先で、十分に苦痛が和らいだ段階で本人のペースに合わせて意味づけ支援を行うことが肝要です。「前向きにならねば」と性急に迫るのは逆効果で、あくまで患者主体のペースを尊重する必要があります。
文化的背景の影響
文化や信念もトラウマ反応を左右します。PTGとして報告される成長体験の内容(人生観の変化、人間関係の深化等)は世界共通ですが、その達成に至るプロセスには文化差がある可能性があります。例えば、集団主義的な文化では周囲の支えが重要で、中国人被験者では社会的支援とPTGの関連が特に強いという結果もあります。また宗教的な価値観も影響し、前向きな宗教的対処(祈りや信仰に頼ること)をする人はPTGが高い一方、否定的な宗教解釈(「罰が当たった」等)をする人は心理的苦痛が大きいという報告があります。さらに文化によって心理的苦痛の表現も異なり、アジア圏では精神的な辛さが身体症状として現れるケースが多いとされます。このように背景文化に応じて適切な支援の形も変わり得るため、医療者は患者の文化的文脈を理解し、それに合ったリカバリー支援を提供することが大切です。
PTGに導くために
安心できる場と症状安定: 患者が安心して語れる環境を整え、十分に傾聴することが回復の第一歩です。同時に、不眠や過覚醒などPTSD症状への対処(睡眠衛生の指導、リラクゼーション法や必要に応じた薬物療法)を行い、心身の安定化を図ります。
意味づけを支える対話: 症状が落ち着いてきたら、体験の意味を患者自身が見出せるよう寄り添います。決して押し付けず、患者の言葉を引き出しながら「何か価値観に変化はありましたか」など穏やかに問いかけ、ポジティブな変化の芽が見られたらそれを肯定的に認めます。
小さな目標とつながり: 日常生活の中で達成可能な小目標を一緒に設定し、成功体験を積み重ねることで自己効力感を高めます。また孤立を防ぐため、ピアサポートや支援団体への参加など社会的つながりを持つ機会を紹介します。他者との分かち合いが希望や新たな視点をもたらし、成長を後押しします。
焦らず見守る姿勢: PTGはあくまで結果として現れるもので、無理に引き出せるものではありません。医療者・家族は長期的な視点で患者のペースを尊重し、たとえ回復が緩慢でも焦らず見守ります。PTSDの苦痛とPTGの兆しは共存しうるため、「いま苦しんでいる最中でも、いつか成長に繋がるかもしれない」と信じ、希望を持って支えていくことが大切です。
なお、PTGはすべての人に必ず起こるものでも、目指さなければならない「ゴール」でもありません。近年の研究では、人が「自分は成長した」と感じても、それが実際の心理的変化を伴わない場合があることも指摘されています。トラウマの後に苦しみが続くこと自体は決して異常ではなく、PTSDのつらさと、わずかな成長の兆しは同時に存在しうるものです。大切なのは「前向きにならなければ」と自分を追い立てることではなく、ご自身のペースで回復していくことです。
この記事の監修者
メンタルクリニック下北沢
院長・精神保健指定医
堀江 宇志
- 【所属学会】
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- 日本精神神経学会
- 日本認知症学会
- 日本臨床睡眠学会
- 日本学校メンタルヘルス学会
- 【経歴】
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京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。