神経認知障害群

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最終更新日:2026.03.16

神経認知障害群

 

①疾患の概要

神経認知障害群(Neurocognitive Disorders)は、脳の器質的な変化によって認知機能(記憶・注意・言語・遂行機能・視空間機能・社会的認知等)が以前の水準から低下し、日常生活や社会機能に支障をきたす疾患群です。DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、せん妄軽度神経認知障害(MCI:軽度認知障害)、および主要神経認知障害(認知症)が含まれ、認知症の原因疾患としてアルツハイマー型認知症レビー小体型認知症血管性認知症前頭側頭型認知症パーキンソン病に起因する認知症などが区別されます。

日本における認知症の有病率は急速に増加しており、2025年時点で65歳以上の約5人に1人、約700万人以上が認知症を有すると推計されています。2040年にはさらに増加すると見込まれており、認知症は現代日本が直面する最も深刻な医療・社会的課題の一つです。

神経認知障害群の精神科的な重要性は認知機能の低下だけにとどまりません。認知症の経過においては、うつ病・不安・無気力・幻覚・妄想・興奮・睡眠障害・徘徊などの行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)が高率に出現し、本人の苦痛と介護者の負担を著しく増大させます。BPSDへの適切な評価と対応は、精神科・心療内科の重要な役割です。

また、軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階として位置づけられ、年間10〜15%がアルツハイマー型認知症へ移行するとされています。MCIの段階で適切に介入することが、認知症への移行を遅らせる上で重要な意味を持ちます。認知機能の低下が気になり始めた段階での早期受診が、本人・家族にとって最善の選択です。

精神科・心療内科において認知症を診療する意義は、①早期発見・早期介入、②うつ病・不安障害など合併精神疾患との鑑別と治療、③BPSDへの非薬物的・薬物的対応、④本人・家族への心理的支援と地域連携にあります。


②主な症状

軽度認知障害(MCI)

MCIは、認知機能が年齢・教育水準に比べて低下しているが、日常生活の基本的な機能はおおむね保たれている状態です。本人または家族から「もの忘れが増えた」という訴えがあり、客観的な認知機能検査でも低下が確認されるが、認知症の診断基準は満たさないレベルです。

特に記憶に関わる健忘型MCI(記憶障害が主体)は、アルツハイマー型認知症への移行リスクが高いとされています。「同じことを何度も聞く」「最近のできごとを忘れる(だが昔のことはよく覚えている)」「物のしまい場所を忘れる」などが初期の典型的な症状です。

アルツハイマー型認知症

最も頻度の高い認知症であり、認知症全体の約60〜70%を占めます。脳内にアミロイドβタンパク質が蓄積してアミロイド斑を形成し、タウタンパク質の異常リン酸化による神経原線維変化が生じ、神経細胞が徐々に失われていきます。この病理変化は発症の20〜25年前から始まっているとされています。

中核症状として、近時記憶の障害(最近の出来事を忘れる一方、昔の記憶は比較的保たれる)が最も早期から顕著です。進行とともに見当識障害(時間・場所・人物の認識困難)、言語機能の低下(言葉が出にくい・理解困難)、遂行機能の障害(計画・段取りが立てられない)、視空間機能の障害(道に迷う・物の位置がわからない)が加わります。

BPSDとして、妄想(物盗られ妄想が最多)、幻覚、抑うつ、無気力、興奮・攻撃性、不眠、徘徊などが経過中に出現します。

レビー小体型認知症

アルツハイマー型認知症に次いで多い認知症であり、認知症全体の約15〜20%を占めます。脳内にαシヌクレインが蓄積したレビー小体が皮質・皮質下に広く出現することで発症します。

特徴的な3つの中核症状は、①認知機能の変動(日や時間によって調子が大きく異なる)、②具体的で詳細なリアルな幻視(虫・人・子供などが見える)、③レム睡眠行動障害(夢の中で叫ぶ・暴れる・睡眠中の異常行動)です。パーキンソン症状(動作緩慢・筋固縮・振戦・歩行障害)を伴うことも多く、転倒リスクが高まります。

抗精神病薬への過敏性(少量でも重篤な副作用が出やすい)が知られており、BPSDへの薬物療法では特別な注意が必要です。この点は精神科的管理において極めて重要な特性です。

血管性認知症

脳梗塞・脳出血・白質病変など脳血管障害を原因とする認知症です。突然の発症や段階的な悪化が特徴的で、脳血管障害が起きるたびに症状が悪化することがあります。高血圧・糖尿病・脂質異常症・心房細動などの血管危険因子の管理が予防・進行抑制において最重要です。

前頭側頭型認知症

前頭葉・側頭葉の神経細胞が選択的に失われる認知症で、比較的若年(50〜60代)に多く見られます。記憶障害よりも人格変化・脱抑制・常同行動・社会的判断力の低下が先行することが特徴で、「同じ行動を繰り返す」「場にそぐわない言動をとる」「食べ物の嗜好が変わる(過食・甘いものへの固執)」などが初期症状として現れます。若年発症のため就労・家族関係への影響が大きく、精神科的関与が重要です。

せん妄

せん妄は急性発症・変動する意識の混乱・注意障害を特徴とする神経認知障害で、入院中の高齢者に特に多く見られます。発熱・脱水・薬剤・手術・感染などが誘因となります。夜間に増悪することが多く(夜間せん妄)、幻視・興奮・不安・昼夜逆転を伴います。認知症の背景があるとせん妄が生じやすく、せん妄は認知症の進行を加速させるリスクがあります。誘因の除去が治療の基本です。


③原因・メカニズム

アルツハイマー型認知症の病態:アミロイドカスケード仮説

アルツハイマー型認知症の最も広く支持されている病態仮説はアミロイドカスケード仮説です。アミロイド前駆タンパク質(APP)が異常に切断されてアミロイドβ(Aβ)が産生・蓄積し、老人斑が形成されます。このAβの毒性がタウタンパク質の異常リン酸化を引き起こし、神経原線維変化が形成されます。これらが神経炎症・シナプス障害・神経細胞死へと連鎖することで、記憶を司る海馬から始まり広範な大脳皮質へと神経細胞の脱落が広がります。

近年、血液バイオマーカー(血中Aβ42/40比・リン酸化タウ等)による超早期診断の実用化が急速に進んでおり、症状出現前の「前臨床期」のアルツハイマー病の同定が可能になりつつあります。また2023年以降、抗アミロイド抗体薬(レカネマブ等)が早期アルツハイマー病の進行抑制薬として実用化され、治療パラダイムが大きく変わりつつある段階にあります。

レビー小体型認知症:αシヌクレイン病理

レビー小体型認知症・パーキンソン病・多系統萎縮症は、αシヌクレインの異常蓄積を共通の病態とする「αシヌクレイン病」として統一的に理解されています。レム睡眠行動障害はαシヌクレイン病理の最も早期の症状の一つとして知られており、RBD診断から10〜20年後に認知症・パーキンソン病に移行するリスクが高いことが明らかです。

血管性認知症:脳血管障害の累積

脳血管障害は局所的な神経細胞の脱落(梗塞巣)および慢性的な白質病変を通じて認知機能を低下させます。慢性的な血管障害は脳のネットワーク全体の機能的接続性を損ない、情報処理速度・注意・遂行機能の低下として現れます。

危険因子と予防

認知症の発症リスクを高める修正可能な危険因子として、Lancet委員会(2024年)は高血圧・肥満・糖尿病・喫煙・過度な飲酒・身体的不活動・うつ病・社会的孤立・大気汚染・難聴・視力障害・外傷性脳損傷・LDLコレステロール高値を挙げており、これらに対する早期介入によって認知症の約45%は予防・遅延できる可能性があるとしています。

精神的健康との関連として、中年期うつ病は認知症の独立した危険因子であることが複数の大規模研究で示されており、うつ病の適切な治療が認知症予防にも寄与する可能性があります。


④当院の治療方針

メンタルクリニック下北沢では、神経認知障害群に対して「早期発見・早期介入」「正確な原因疾患の鑑別」「BPSDへの精神科的対応」「本人・家族・地域のトータルサポート」を柱とした診療を行います。

認知機能評価と鑑別診断

認知機能への訴えがある場合、まず標準化された認知機能検査(MMSE・MoCA等)を実施し、認知機能の客観的な評価を行います。認知機能低下の原因として、甲状腺機能低下症・ビタミンB12欠乏・正常圧水頭症・慢性硬膜下血腫など治療可能な原因を除外することが最初の重要なステップです。

うつ病による「仮性認知症」(うつ病の症状として認知機能が低下して見える状態)は、真の認知症と症状が重なることがあるため、精神科的評価が診断精度の向上に不可欠です。必要に応じて脳神経内科・神経放射線科(MRI・SPECT等の画像検査)・神経心理検査専門施設への紹介・連携を行います。

認知症薬物療法のサポート

アルツハイマー型認知症に対しては、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン)およびNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が認知機能の維持・進行抑制に用いられます。早期の薬物療法開始が予後改善に有利とされており、MCIの段階での適切な介入が重要です。

抗アミロイド抗体薬(レカネマブ等)については、適応・実施施設等の要件があり、必要な場合は専門施設への紹介を行います。

BPSD(行動・心理症状)への対応

BPSDに対しては、まず非薬物的介入を優先します。環境の整備(刺激の調整・安心できる空間の確保)、コミュニケーションの工夫、活動・生活リズムの安定化、介護者への対応指導などが基本的なアプローチです。

薬物療法が必要な場合は、BPSDの内容(抑うつ・不眠・不安・妄想・興奮等)に応じて適切な薬剤を最小有効量で慎重に使用します。特にレビー小体型認知症では抗精神病薬への過敏性があるため、薬剤選択には最大限の注意を要します。ベンゾジアゼピン系薬の高齢者への長期使用も転倒・認知機能悪化のリスクがあり、慎重に判断します。

本人・家族への心理的支援

診断告知は当事者・家族にとって大きな心理的衝撃を伴います。当院では、診断後の心理的サポートを継続的に提供し、今後の生活設計・医療・介護に関する意思決定を支援します。

認知症介護は家族に多大な身体的・精神的負担をかけます。介護者のうつ・不安・燃え尽きへの対応、必要なレスパイト(休息)の確保、社会資源(介護保険・地域包括支援センター・認知症カフェ・家族会等)への橋渡しも当院の重要な役割と捉えています。

地域連携と多職種協働

神経認知障害群の適切な管理は精神科単独では不可能であり、脳神経内科・神経放射線科・内科・薬剤師・ケアマネジャー・地域包括支援センター・訪問看護等との多職種連携が不可欠です。当院は地域のかかりつけ医・専門医療機関・介護サービスとの連携を積極的に行い、患者・家族が地域で安心して生活を継続できる体制の構築を支援します。


⑤受診の目安(セルフチェック)

以下の項目が気になる場合、早めに専門機関への相談をお勧めします。

ご本人が気になる場合

  • 最近、同じことを何度も聞いたり話したりすることが増えた
  • 物のしまい場所を忘れることが頻繁になった
  • 日付・曜日・季節の感覚が以前より曖昧になってきた
  • 以前はできていた家事・仕事・手続きなどがうまくこなせなくなった
  • 言いたい言葉が出てこないことが増えた
  • 道に迷ったり、慣れた場所でも位置関係がわかりにくくなったりすることがある
  • 気力・意欲が低下し、以前好きだったことへの興味が薄れた
  • 気分の落ち込み・不安が続いており、記憶や集中力にも影響している

ご家族・周囲の方が気になる場合

  • 同じことを繰り返し聞く・話す頻度が増えた
  • 財布・通帳などを「盗まれた」と言うことがある
  • 日常的な家事・金銭管理・服薬管理に支障が出てきた
  • 夜間に叫ぶ・暴れる・うろうろするなどの行動が見られる
  • 人格や性格が変わったように感じる(怒りっぽくなった・社会的にそぐわない言動が増えた)

「年のせい」「気のせい」と見過ごさずに、気になった段階で早めにご相談ください。MCIや早期認知症の段階での介入が、その後の経過に大きな差をもたらします。ご本人だけでなく、ご家族からのご相談も随時受け付けています。受診が難しい場合は、まずお電話でご相談いただくことも可能です。