神経認知障害群

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最終更新日:2026.06.22

神経認知障害群

 

①疾患の概要

神経認知障害群(Neurocognitive Disorders)は、脳の器質的な変化によって認知機能(記憶・注意・言語・遂行機能・視空間機能・社会的認知等)が以前の水準から低下し、日常生活や社会機能に支障をきたす疾患群です。DSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版・テキスト改訂版、2022年)では、せん妄軽度神経認知障害(mild neurocognitive disorder)、および主要神経認知障害(認知症)が含まれ、認知症の原因疾患としてアルツハイマー型認知症レビー小体型認知症血管性認知症前頭側頭型認知症パーキンソン病に起因する認知症などが区別されます。

日本における認知症の有病率は急速に増加しており、

2022年:認知症 約443.2万人(高齢者の12.3%、約8人に1人)、MCI 約558.5万人(15.5%)。両者合計で1,000万人超(高齢者の約3.6人に1人)です。これは厚生労働省研究班(九州大学・二宮利治教授)による調査に基づく推計値で、2024年5月に公表されたものです。

神経認知障害群の精神科的な重要性は認知機能の低下だけにとどまりません。認知症の経過においては、うつ病・不安・無気力・幻覚・妄想・興奮・睡眠障害・徘徊などの行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)が高率に出現し、本人の苦痛と介護者の負担を著しく増大させます。BPSDへの適切な評価と対応は、精神科・心療内科の重要な役割です。

また、DSM-5-TRの軽度神経認知障害(mild neurocognitive disorder)は、臨床で広く使われてきたMCI(軽度認知障害)に対応する概念です。

両者はほぼ重なります。MCIは当初(1997〜1999年、Petersen)は記憶障害を中心とする健忘型として提唱されましたが、その後(2003〜2004年)に健忘型・非健忘型、単一領域・複数領域へと拡張され、現在では記憶以外の認知領域(注意・実行機能・言語・知覚運動・社会的認知)の低下も含みます。DSM-5の軽度神経認知障害(mild neurocognitive disorder)はこの拡張されたMCI概念とほぼ同一で、特に「アルツハイマー病によるMCI」の研究的診断基準(NIA-AA、2011年)に対応します。両者の主な違いは、DSM-5が複数の認知領域を明示的に体系化し、原因疾患を問わない包括的カテゴリーとした点にあります。

いずれも必ずしも認知症へ進行するとは限りません。

精神科・心療内科において認知症を診療する意義は、①早期発見・早期介入、②うつ病・不安障害など合併精神疾患との鑑別と治療、③BPSDへの非薬物的・薬物的対応、④本人・家族への心理的支援と地域連携にあります。


②主な症状

軽度認知障害(MCI)

MCIは、認知機能が年齢・教育水準に比べて低下しているが、日常生活の基本的な機能はおおむね保たれている状態です。本人または家族から「もの忘れが増えた」という訴えがあり、客観的な認知機能検査でも低下が確認されるが、認知症の診断基準は満たさないレベルです。

特に記憶に関わる健忘型MCI(記憶障害が主体)は、アルツハイマー型認知症への移行リスクが高いとされています。「同じことを何度も聞く」「最近のできごとを忘れる(だが昔のことはよく覚えている)」「物のしまい場所を忘れる」などが初期の典型的な症状です。

アルツハイマー型認知症

最も頻度の高い認知症であり、認知症全体の約60〜70%を占めます。脳内にアミロイドβタンパク質が蓄積してアミロイド斑を形成し、タウタンパク質の異常リン酸化による神経原線維変化が生じ、神経細胞が徐々に失われていきます。アミロイドβの蓄積などの病理変化は、症状が出る20年以上前から始まっていると考えられており、これは遺伝性アルツハイマー病の国際研究(DIAN)などで示されています。

中核症状として、近時記憶の障害(最近の出来事を忘れる一方、昔の記憶は比較的保たれる)が最も早期から顕著です。進行とともに見当識障害(時間・場所・人物の認識困難)、言語機能の低下(言葉が出にくい・理解困難)、遂行機能の障害(計画・段取りが立てられない)、視空間機能の障害(道に迷う・物の位置がわからない)が加わります。

BPSDとしてアパシー(意欲低下)や抑うつが高頻度で、妄想では物盗られ妄想が特徴的、その他 無気力、興奮・攻撃性、不眠、徘徊などが経過中に出現します。

レビー小体型認知症

アルツハイマー型認知症に次いで多い認知症であり、日本の臨床診断では認知症の約4〜5%とされますが、ADと誤診されやすく、剖検研究では認知症の20%前後にレビー小体病理が認められるとの報告もあり、実際にはより高頻度と考えられています。脳内にαシヌクレインが蓄積したレビー小体が皮質・皮質下に広く出現することで発症します。

特徴的な中核的臨床的特徴(core clinical features)は4つ、中核的臨床的特徴は①認知機能の変動、②繰り返し現れる具体的な幻視、③レム睡眠行動障害、④パーキンソニズムの4つです(McKeith 2017年基準)。認知症があることを前提に、これらの中核的特徴を2つ以上満たす場合、または1つ+指標的バイオマーカー(DaTスキャン、MIBG心筋シンチグラフィ、睡眠ポリグラフ)が陽性の場合に『ほぼ確実(probable)』と診断されます。

抗精神病薬への過敏性(少量でも重篤な副作用が出やすい)が知られており、BPSDへの薬物療法では特別な注意が必要です。この点は精神科的管理において極めて重要な特性です。

血管性認知症

脳梗塞・脳出血・白質病変など脳血管障害を原因とする認知症です。突然の発症や段階的な悪化が特徴的で、脳血管障害が起きるたびに症状が悪化することがあります。高血圧・糖尿病・脂質異常症・心房細動などの血管危険因子の管理が予防・進行抑制において最重要です。

前頭側頭型認知症

前頭葉・側頭葉の神経細胞が選択的に失われる認知症で、比較的若年45〜65歳(働き盛りの世代)に多く見られます。記憶障害よりも人格変化・脱抑制・常同行動・社会的判断力の低下が先行することが特徴で、「同じ行動を繰り返す」「場にそぐわない言動をとる」「食べ物の嗜好が変わる(過食・甘いものへの固執)」などが初期症状として現れます。若年発症のため就労・家族関係への影響が大きく、精神科的関与が重要です。

せん妄

せん妄は、急性に発症し変動する「注意の障害」と「意識(awareness)の障害」を特徴とする神経認知障害で、入院中の高齢者に特に多く見られます。DSM-5-TRでは、せん妄の中核は意識そのものの混濁ではなく、注意を集中・維持・転換する能力の低下と、環境に対する認識(見当識)の低下として定義されています。

 

発熱・脱水・薬剤・手術・感染などが誘因となります。夜間に増悪することが多く(夜間せん妄)、幻視・興奮・不安・昼夜逆転を伴います。認知症の背景があるとせん妄が生じやすく、せん妄は認知症の進行を加速させるリスクがあります。誘因の除去が治療の基本です。


③原因・メカニズム

アルツハイマー型認知症の病態:アミロイドカスケード仮説

アルツハイマー型認知症の最も広く支持されている病態仮説はアミロイドカスケード仮説です。アミロイド前駆タンパク質(APP)が異常に切断されてアミロイドβ(Aβ)が産生・蓄積し、老人斑が形成されます。このAβの毒性がタウタンパク質の異常リン酸化を引き起こし、神経原線維変化が形成されます。これらが神経炎症・シナプス障害・神経細胞死へと連鎖することで、記憶を司る海馬から始まり広範な大脳皮質へと神経細胞の脱落が広がります。ただしこれを標的とした治療薬の効果が限定的であることなどから、現在も検証が続く作業仮説と位置づけられています。

レビー小体型認知症:αシヌクレイン病理

レビー小体型認知症・パーキンソン病・多系統萎縮症は、αシヌクレインの異常蓄積を共通の病態とする「αシヌクレイン病」として統一的に理解されています。レム睡眠行動障害はαシヌクレイン病理の最も早期の症状の一つとして知られており、長期追跡研究では年間約6%が移行し、10年で約6割、12年で約7割が神経変性疾患(パーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症)に移行すると報告されています。

血管性認知症:脳血管障害の累積

脳血管障害は局所的な神経細胞の脱落(梗塞巣)および慢性的な白質病変を通じて認知機能を低下させます。慢性的な血管障害は脳のネットワーク全体の機能的接続性を損ない、情報処理速度・注意・遂行機能の低下として現れます。

危険因子と予防

認知症の発症リスクを高める修正可能な危険因子として、Lancet委員会(2024年)は高血圧・肥満・糖尿病・喫煙・過度な飲酒・身体的不活動・うつ病・社会的孤立・大気汚染・難聴・視力障害・外傷性脳損傷・LDLコレステロール高値・教育歴の低さ(less education、早期生活期因子)を挙げており、これらに対し人生の各段階(早期生活期・中年期・高齢期)で対処することによって、認知症の約45%は予防・遅延できる可能性があるとしています(2020年版報告の12因子・40%から、LDLコレステロール高値と視力障害の2因子が追加され更新されました)。

精神的健康との関連として、うつ病(特に中年期)は認知症の危険因子の一つとされています(ただし、うつ症状が認知症の初期症状である可能性も指摘されています)。


④当院の治療方針

メンタルクリニック下北沢では、神経認知障害群に対して「早期発見・早期介入」「正確な原因疾患の鑑別」「BPSDへの精神科的対応」「本人・家族・地域のトータルサポート」を柱とした診療を行います。

認知機能評価と鑑別診断

認知機能への訴えがある場合、まず標準化された認知機能検査(MMSE・MoCA等)を実施し、認知機能の客観的な評価を行います。認知機能低下の原因として、甲状腺機能低下症・ビタミンB12欠乏・正常圧水頭症・慢性硬膜下血腫など治療可能な原因を除外することが最初の重要なステップです。

うつ病による認知機能の低下(従来「仮性認知症」と呼ばれてきた、うつ病の症状として認知機能が低下して見える状態)は、真の認知症と症状が重なることがあり、また高齢者では抑うつが認知症の初期症状であったり両者が併存したりすることもあるため、精神科的評価が診断精度の向上に不可欠です。必要に応じて脳神経内科・神経放射線科(MRI・SPECT等の画像検査)・神経心理検査専門施設への紹介・連携を行います。

認知症薬物療法のサポート

アルツハイマー型認知症に対しては、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン)およびNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が認知機能の維持・進行抑制に用いられます。早期の薬物療法開始が予後改善に有利とされており、MCIの段階での適切な介入が重要です。

アルツハイマー病による軽度認知障害・軽度認知症の進行を抑制する抗アミロイド抗体薬として、レカネマブ(レケンビ、2023年9月承認・同年12月発売)とドナネマブ(ケサンラ、2024年9月承認・同年11月発売)が国内承認されています。

いずれも症状を改善する薬ではなく進行を遅らせる薬で、ARIA等の副作用管理のため投与可能な施設・対象患者が限定されており、当院では適応が考えられる方を専門施設へご紹介します。

BPSD(行動・心理症状)への対応

BPSDに対しては、まず非薬物的介入を優先します。環境の整備(刺激の調整・安心できる空間の確保)、コミュニケーションの工夫、活動・生活リズムの安定化、介護者への対応指導などが基本的なアプローチです。

薬物療法が必要な場合は、BPSDの内容(抑うつ・不眠・不安・妄想・興奮等)に応じて適切な薬剤を最小有効量で慎重に使用します。特にレビー小体型認知症では抗精神病薬への過敏性があるため、薬剤選択には最大限の注意を要します。ベンゾジアゼピン系薬の高齢者への長期使用も転倒・認知機能悪化のリスクがあり、慎重に判断します。

本人・家族への心理的支援

診断告知は当事者・家族にとって大きな心理的衝撃を伴います。当院では、診断後の心理的サポートを継続的に提供し、今後の生活設計・医療・介護に関する意思決定を支援します。

認知症介護は家族に多大な身体的・精神的負担をかけます。介護者のうつ・不安・燃え尽きへの対応、必要なレスパイト(休息)の確保、社会資源(介護保険・地域包括支援センター・認知症カフェ・家族会等)への橋渡しも当院の重要な役割と捉えています。

地域連携と多職種協働

神経認知障害群の適切な管理は精神科単独では不可能であり、脳神経内科・神経放射線科・内科・薬剤師・ケアマネジャー・地域包括支援センター・訪問看護等との多職種連携が不可欠です。当院は地域のかかりつけ医・専門医療機関・介護サービスとの連携を積極的に行い、患者・家族が地域で安心して生活を継続できる体制の構築を支援します。


⑤受診の目安(セルフチェック)

以下の項目が気になる場合、早めに専門機関への相談をお勧めします。

ご本人が気になる場合

  • 最近、同じことを何度も聞いたり話したりすることが増えた
  • 物のしまい場所を忘れることが頻繁になった
  • 日付・曜日・季節の感覚が以前より曖昧になってきた
  • 以前はできていた家事・仕事・手続きなどがうまくこなせなくなった
  • 言いたい言葉が出てこないことが増えた
  • 道に迷ったり、慣れた場所でも位置関係がわかりにくくなったりすることがある
  • 気力・意欲が低下し、以前好きだったことへの興味が薄れた
  • 気分の落ち込み・不安が続いており、記憶や集中力にも影響している

ご家族・周囲の方が気になる場合

  • 同じことを繰り返し聞く・話す頻度が増えた
  • 財布・通帳などを「盗まれた」と言うことがある
  • 日常的な家事・金銭管理・服薬管理に支障が出てきた
  • 夜間に叫ぶ・暴れる・うろうろするなどの行動が見られる
  • 人格や性格が変わったように感じる(怒りっぽくなった・社会的にそぐわない言動が増えた)

「年のせい」「気のせい」と見過ごさずに、気になった段階で早めにご相談ください。MCIや早期認知症の段階での介入が、その後の経過に大きな差をもたらします。ご本人だけでなく、ご家族からのご相談も随時受け付けています。受診が難しい場合は、まずお電話でご相談いただくことも可能です。