性別違和

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最終更新日:2026.07.04

性別違和

 

①疾患の概要

性別違和(Gender Dysphoria)とは、出生時に割り当てられた性別と、自分が内的に感じる性別(性自認)との間に著しい不一致があり、そのことによって持続的な苦痛・苦悩が生じている状態を指します。DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では「性別違和」として分類されています。なお日本では従来「性同一性障害」という用語が広く用いられてきましたが、国際的な診断基準の変更を受けて、近年は「性別不合」「性別違和」といった、病気や障害を意味しない表現への移行が進んでいます(関連する専門学会や診療ガイドラインも2024年に名称を変更しています)。

ここで重要な点を最初に明確にしておきます。性別違和は、トランスジェンダーであること・性的多様性そのものを「障害」と定義するものではありません。 DSM-5の診断カテゴリとして「性別違和」が存在するのは、自分の性自認と身体的特徴・社会的性役割との不一致によって生じる苦痛(distress)を医療的にサポートするためです。2022年1月1日に発効したICD-11(国際疾病分類第11版)では、「性別不合(Gender Incongruence)」という名称で「精神および行動の障害」の章から切り離され、新たに設けられた「性の健康に関連する状態」の章に再分類されており、脱精神疾患化(精神疾患として扱わない方向への見直し)が明確になっています(厚生労働省はGender Incongruenceの訳語として「性別不合」を用いています)。

日本においても、トランスジェンダーをはじめとする性的マイノリティの方が精神科・心療内科を受診するケースは増加しています。その理由は性別違和そのものだけでなく、性自認・性的指向に関連した長年の孤独・自己否定・社会的ストレス、いじめや家族との葛藤、就労・生活上の困難から生じる抑うつ・不安・解離・自傷などの二次的な精神的苦痛であることが多くあります。

当院では、性的多様性をその人の本質的な特性として尊重したうえで、医療的なサポートが必要な苦痛・困難に寄り添うことを基本姿勢としています。性別移行(ホルモン療法・外科的処置)に関する診断書作成や他科紹介については、個々の状況に応じて対応いたします。


②主な症状

性別違和の中核は「性自認と身体・社会的性別との不一致が引き起こす苦痛」ですが、その現れ方は年齢・状況・個人によって大きく異なります。以下に代表的な体験・症状を示します。

性自認と身体的特徴の不一致に関する苦痛

自分の一次性徴(生殖器)または二次性徴(体毛・乳房・声・体型等)に対して強い違和感・嫌悪感を持つ。思春期に二次性徴が進むにつれて苦痛が著しく強まる。自分の身体的な性別特徴を取り除きたい、あるいは別の性別の特徴を持ちたいという強い願望がある。鏡に映る自分の姿を見ることが苦痛である。などの体験が見られます。

社会的性役割に関する不一致

自分に割り当てられた性別の社会的役割(服装・言語・名前等)を強いられることへの強い抵抗感がある。異なる性別として扱われることへの強い願望がある。自分が感じる性別として生きることへの強い欲求がある。などが挙げられます。

精神的苦痛の症状

上記の不一致と、それに伴う社会的困難から、以下のような精神的苦痛が生じることが非常に多くあります。

抑うつ気分・無気力・絶望感(うつ病の合併)。社会場面での強い不安・恐怖(社交不安の合併)。慢性的な自己否定・低自己評価。自傷行為・希死念慮(特に若年期・カミングアウト前後のストレス期)。解離症状(自分の身体から切り離された感覚)。睡眠障害・摂食の問題。対人関係の困難・孤立。

研究によれば、トランスジェンダーの方の抑うつ・不安障害・自殺念慮の有病率は一般人口と比較して著しく高く、この苦痛の主な要因は性自認そのものではなく、社会的スティグマ・差別・理解のない環境・孤立にあると、多くの研究で広く支持されています(マイノリティストレスモデル)。

 

小児期に性別違和が顕著に現れた場合、それが思春期以降まで持続する割合は、研究によって大きく異なることが報告されています。DSM-5(2013年)の本文では、幼少期に性別違和がみられた児のうち成人期まで持続する割合について、出生時に割り当てられた性別が男性の場合で2.2〜30%、女性の場合で12〜50%という追跡研究の推計が紹介されています。ただし、これらの数値の根拠となった研究には、追跡途中での脱落が多いこと、当時の診断基準(旧「小児期の性同一性障害」)が現在の「性別違和」よりも対象が広く、性別違和を伴わない性別非定型な行動を示すお子さんを多く含んでいたことなど、方法論上の重要な限界が指摘されています。そのため、これらの数値をそのまま個々のお子さんの将来予測に当てはめることは適切ではありません。DSM-5-TR(2022年改訂版)でもこの領域の記述は見直されています。

一般に、思春期に入っても性別違和が続く場合には成人後も持続する傾向が指摘されていますが、小児期の経過には個人差が大きく、確実な予測は難しいことが知られています。一方で、思春期以降・成人期に初めて性別違和を自覚・表明するケースも多く、「いつ気づくか」には大きな個人差があります。


③原因・メカニズム

性別違和の原因については、現時点でも研究が続けられており、一つの原因で説明できるものではありません。以下に現在の科学的理解を整理します。

生物学的要因

性自認の形成には、脳の発達過程における生物学的要因が関与する可能性が示唆されています。胎児期のホルモン環境(性ステロイドへの曝露のタイミングと量)が、身体的な性別分化とは独立して脳の性差に影響を与えるという仮説も提唱されてきましたが、これを支持しない研究結果も報告されており、現時点では確立した説明には至っていません。脳画像研究では、トランスジェンダー女性(出生時に割り当てられた性別が男性で、女性の性自認をもつ方)の特定の脳領域が出生時に割り当てられた性別が女性の方のパターンに類似しているという知見が一部報告されていますが、研究対象数が限られていることや、それが原因なのか結果なのかが明らかでないことなど、この分野の研究はまだ発展途上です。

 

双生児研究では、一卵性双生児での性自認の一致率が二卵性双生児より高い傾向が示されており、遺伝的要因の関与を示唆しています。ただし完全な一致はなく、遺伝要因のみで説明されるものではありません。

心理・社会的要因

心理的要因や養育環境が性自認の「原因」になるという科学的証拠はありません。性的多様性を「矯正」しようとする「コンバージョンセラピー(性的指向・性自認を変えようとする試み)」は、有効性を示す科学的根拠がないどころか、トラウマ・抑うつ・自殺リスクの上昇など深刻な心理的被害をもたらすことが報告されています。世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)や米国精神医学会をはじめとする国際的な専門団体は、こうした試みに明確に反対しています。日本国内でも、精神医学の領域では1990年代半ば(WHOによるICD-10改訂と同時期)以降、同性愛を治療の対象とはしない立場が共有されてきました。

当院では、性自認を「変えるべきもの」として扱うアプローチは行いません。

マイノリティストレスモデル

性別違和を持つ方が経験する精神的苦痛の多くは、マイノリティストレスによって説明されます。これは、社会的偏見・差別・スティグマ・internalized homophobia/transphobia(自己否定内在化)・rejection anticipation(拒絶への期待)・concealment(隠蔽のストレス)などが慢性的な心理的負担として積み重なることを指します。支持的・受容的な環境において精神的健康が大きく改善することが示されており、社会的サポートと肯定的な環境の重要性が強調されています。


④当院の治療方針

当院では、性別違和を持つ方への関わりにおいて、以下の基本姿勢を徹底します。

第一に、性的多様性への全面的な尊重。 性自認・性的指向はその人の本質的な特性であり、変更・矯正の対象ではありません。ご本人の希望する名前・代名詞を尊重し、安全で開かれた診察環境を提供します。

第二に、苦痛に対する医療的サポートの提供。 性別違和そのものではなく、それに伴う精神的苦痛(抑うつ・不安・解離・自傷・自殺念慮等)を医療の対象として捉え、適切な評価と治療を行います。

精神科的評価と二次的精神疾患の治療

初診では、現在の精神的苦痛の内容・強さ・経過を丁寧に評価します。合併するうつ病・不安障害・PTSD・解離症状・睡眠障害等については、薬物療法・心理的サポートを組み合わせて治療します。

自傷行為や希死念慮がある場合は安全の確保を最優先とし、必要に応じた緊急対応も行います。

性別移行に関するサポート

ホルモン療法や外科的処置(性別適合手術)を希望される場合、その準備として精神科的評価・診断書作成が必要となります。当院では、ご本人の意思と準備状況を丁寧に確認したうえで、適切な機関・専門科(内分泌科・泌尿器科・婦人科・形成外科・専門クリニック等)への紹介・連携を行います。

なお、性別移行の医療的プロセスは、ご本人の自律的な意思決定を尊重することを前提としており、当院は「移行するべきか否か」を判断・誘導する立場ではありません。

なお、戸籍上の性別変更については、2023年10月に最高裁判所大法廷が、生殖能力をなくす手術を事実上の要件とする法律の規定(生殖不能要件)を全員一致で違憲・無効と判断しました。さらに2024年7月には、外性器の外観に関する要件(外観要件)についても、広島高等裁判所が、手術を常に必要とする解釈には違憲の疑いがあるとして、手術を経ずに性別変更を認める判断を示しています。法制度は見直しの途上にあり、当院では最新の法令・運用をふまえて対応します。

 

カウンセリング・心理的サポート

自己理解を深めること、長年の自己否定から回復すること、カミングアウトや生活上の選択に関する意思決定、家族・パートナーとの関係等について、安全な関係の中で話し合える場を提供します。必要に応じて専門のカウンセラーへの紹介も行います。

思春期の方・若年者への特別な配慮

思春期に性別違和が顕著な場合、精神的苦痛が特に強まりやすい時期です。二次性徴抑制療法(GnRHアナログ製剤)を含む対応については、小児内分泌科・専門機関との連携が必要であり、当院より適切な機関への紹介を行います。なお本療法は、米国内分泌学会やWPATHのガイドラインで選択肢として位置づけられてきた一方、有効性・安全性の評価が国際的に分かれ、急速に議論が変化している領域です。英国では、2024年4月に公表されたCass Review(独立評価報告)を受けて、NHS(国民保健サービス)イングランドが18歳未満への思春期抑制療法のルーチンでの新規処方を停止しました。さらに英国政府は、民間および海外経由での処方についても緊急規制命令によって制限し、2024年末にはこの制限を(当初の時限措置から)恒久的なものへと移行させ、2027年に改めて見直す方針を示しています。ただし成人はこの制限の対象外であり、すでに服用を続けている方については継続が可能とされています。あわせて、思春期抑制療法の有効性・安全性を検証するための臨床試験も準備・実施されており、今後の結果が注目されています

フィンランドやスウェーデンも適応を限定する方向に方針を転換した一方、欧州の多くの国では引き続き利用可能であるなど、各国で対応が分かれています。国内でも、日本精神神経学会・日本GI(性別不合)学会による「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版・2024年)」で慎重な手続きが定められています。

 


⑤受診の目安(セルフチェック)

以下の項目に当てはまる場合、一人で抱え込まずに専門機関にご相談されることをお勧めします。

ご自身についてのチェック

  • 自分の身体的な性別と、内的に感じる性別が一致せず、強い苦痛がある
  • 思春期以降、二次性徴が進むにつれて強い違和感・苦痛を感じている
  • 自分が感じる性別として生活したいという強い願望がある
  • 性別違和に関連して、抑うつ・不安・自傷・希死念慮が生じている
  • 長年、自分の性自認について誰にも話せず、一人で抱えてきた
  • 性別移行(ホルモン療法・手術等)について相談できる医療機関を探している
  • 精神科的な評価(診断書)が必要な状況にある

ご家族・周囲の方が気になる場合

  • 子どもが強い性別違和を示しており、精神的に苦しんでいる
  • 家族・パートナーが性別違和について打ち明けてくれたが、どう関わればよいかわからない

性別違和は、正しい理解と支援のある環境において、多くの方が自分らしい生き方を見つけています。