双極症及び関連症群
最終更新日:2026.07.05
双極症及び関連症群
①疾患の概要
双極症および関連症群(Bipolar and Related Disorders)は、気分が著しく高揚する「躁状態(または軽躁状態)」と、気分が著しく落ち込む「うつ状態」の両極が交互に、あるいは混在して現れる脳の疾患です。かつては「躁うつ病」と呼ばれていましたが、DSM-5-TR(原著2022年、日本語版2023年)に伴う日本精神神経学会の病名・用語改訂により「双極症」という名称が用いられるようになりました。
この疾患群には主に、完全な躁エピソードを伴う双極症Ⅰ型、躁ほど重篤ではない軽躁エピソードとうつエピソードを繰り返す双極症Ⅱ型、軽度のエピソードの診断基準を満たさないレベルの症状が慢性的に2年以上(子どもや思春期では1年以上)持続する気分循環症が含まれます。
双極症の生涯有病率は、調査によって幅がありますが、双極症Ⅰ型・Ⅱ型を合わせておよそ1〜2%、軽い閾値下のタイプまで含めた広い「双極スペクトラム」では約2.4%と報告されており(WHO世界精神保健調査、Merikangasら2011年)、決して珍しくない疾患です。しかしその診断は容易ではありません。うつ状態の時期に受診することが多く、躁・軽躁の期間が見落とされ、単極性うつ病(いわゆる「うつ病」)と誤診されるケースが非常に多いのが現状です。ある研究では、双極症の患者が正確な診断を得るまでにおよそ6〜10年、特に双極II型で長い傾向を要するとされています。
誤診のまま抗うつ薬だけを処方された場合、躁転(うつ状態から突然躁状態に転じること)や急速交代化(気分の波の頻度が増すこと)を引き起こすリスクがあります。「うつ病の治療を続けているのに改善しない」「抗うつ薬を飲むと気分が過剰に高揚する時期がある」という方は、双極症の可能性を評価することが重要です。
②主な症状
双極症の症状は、躁(または軽躁)状態とうつ状態では大きく異なります。それぞれの特徴を丁寧に理解することが、正確な診断と適切な治療への第一歩です。
躁エピソードの症状(双極Ⅰ型)
躁エピソードは7日以上続く(または入院が必要なほど重篤な)気分の高揚・易刺激性、異常かつ持続的な目標指向性の活動またはエネルギーの増加を伴い、以下の症状のうち3つ以上、易刺激性のみの場合は4つ以上が顕著に認められます。
気分が異常なほど高揚・開放的になる、またはイライラして怒りっぽくなる。睡眠欲求が著しく減少する(3〜4時間眠れば十分と感じる)にもかかわらず、精力的に活動し続ける。自尊心の肥大や誇大感(自分は特別な使命を持つ、何でもできると信じる)。思考が次々と飛び交い、話が止まらなくなる(観念奔逸・多弁)。注意散漫で、あらゆることに気が向いてしまう。目標志向的な活動性の著しい増加、または精神運動焦燥。結果を顧みない快楽的な行動への没頭(無謀な買い物・性的逸脱・無謀な投資・過度の飲酒)。
躁状態の本人は「調子がいい」「最高の状態だ」と感じることが多く、受診の必要性を感じにくいことがあります。しかしその間にとった行動(多額の借金・離婚・退職・失職など)が後に深刻な社会的損害をもたらします。
軽躁エピソードの症状(双極Ⅱ型)
軽躁エピソードは、躁と同様の症状が少なくとも4日間続きますが、社会的・職業的機能を著しく損なうほどではなく、入院を要しないレベルです。本人が「絶好調」「よく眠れなくても元気」「仕事がはかどる」と感じる時期として認識されることが多く、病識が持ちにくい側面があります。
双極Ⅱ型障害は、うつエピソードが主体となって現れることが多く、「治りにくいうつ病」として長年誤診されやすい病型です。軽躁の時期は本人も周囲も「よいことが起きている」と感じることがあるため、見落とされがちです。
うつエピソードの症状
双極症のうつエピソードは、単極性うつ病のうつ状態と症状が重なる部分も多いですが、以下の特徴が見られやすいとされています。
強い眠気・過眠(起きられない)が目立つ。食欲増加・過食の傾向がある。鉛様の重さ(手足が鉛のように重い感覚)。非常に強い疲労感・倦怠感。これらは「非定型」とよばれる特徴で、単極性うつ病に比べて双極症のうつ状態でより多くみられる傾向があることが知られています。
加えて、発症した年齢が若い、うつを何度も繰り返す、抗うつ薬が効きにくいといった経過上の特徴も、双極症を示唆する手がかりとなります。
混合特徴と急速交代型
躁状態とうつ状態が同時に存在する「混合状態(混合特徴)」は、自殺リスクが特に高まる危険な状態です。また、1年間に4回以上のエピソードを繰り返す「急速交代型(ラピッドサイクラー)」では、症状の変動が激しく生活が大きく乱れます。
③原因・メカニズム
遺伝的要因
双極症は、精神疾患の中でも特に遺伝的寄与が大きい疾患の一つです。双生児研究では、一卵性双生児の一致率は研究によって幅がありますが、狭義の双極Ⅰ型でおよそ40〜45%、感情症スペクトラムを広くとった場合は約70%にのぼると報告されています。遺伝率(症状の個人差のうち遺伝で説明される割合)も研究により約60〜85%と推定されており、遺伝の影響の大きさが示されています。また、一親等の家族(親・子・きょうだい)に双極症の方がいる場合、一般人口に比べて発症リスクが約5〜10倍高まるとされています。ただし遺伝子が決定的な要因というわけではなく、環境要因との相互作用によって発症します。
神経生物学的メカニズム
モノアミン系神経伝達物質の不均衡
原因はまだ完全には解明されていませんが、セロトニン・ノルアドレナリン・ドーパミンの各システムの機能的な変動が、躁状態とうつ状態という対極の気分状態に関与すると考えられています。とりわけドーパミン系の機能変動が、躁状態の高揚感・過活動や、うつ状態の無快感・意欲低下と関連する可能性が指摘されています。ただし、これは有力な仮説の一つであり、単一の神経伝達物質だけで双極症のすべてを説明できるわけではありません。近年は神経回路レベルの機能的変化として理解する見方が主流になりつつあります。
概日リズム(体内時計)の乱れも重要な要因と考えられています。双極症では、睡眠・覚醒や体内時計の調節が不安定になりやすいことが数多く報告されており、概日リズムの中枢である視交叉上核(SCN)を含む体内時計システムの関与が示唆されています(ただし、その因果的な役割はまだ完全には解明されていません)。実際に、睡眠-覚醒サイクルの乱れが気分エピソードの引き金となりやすいことが知られており、睡眠不足が躁転を誘発するケースは臨床上非常によく見られます。
神経炎症と神経可塑性の低下も近年注目されています。双極症の急性期には炎症性サイトカインの上昇がみられることが報告されており、また、エピソードを繰り返すことが前頭前皮質の神経回路における構造的・機能的な変化と関連する可能性が指摘されています(因果関係はなお検討段階です)。
気分安定薬(リチウム等)が神経保護作用・神経可塑性向上作用を持つことが分かっており、この観点からも早期・継続的な治療の重要性が裏付けられています。
環境的引き金
遺伝的素因を持つ方において、睡眠の大幅な乱れ、極度のストレス体験、季節の変わり目(特に春・秋)、抗うつ薬の単剤使用、アルコール・薬物の使用などが気分エピソードの引き金(トリガー)として働くことがあります。社会的リズム療法(対人関係・社会リズム療法)で扱われるように、生活リズムの安定が発症予防・再発予防において決定的に重要な意味を持ちます。
④当院の治療方針
メンタルクリニック下北沢では、双極症の治療において「正確な診断」「薬物療法による気分の安定」「心理教育」「生活リズムの安定化」を4本柱として、長期的な視点に立った治療を提供します。
正確な診断評価
前述の通り、双極症は単極性うつ病との鑑別が難しく、診断には詳細な問診が欠かせません。初診では現在の症状だけでなく、過去の「ハイな時期」や「眠れなくても元気だった時期」「無謀な行動をとった時期」などを丁寧に振り返っていただきます。家族からの情報提供も診断に大きく役立ちます。必要に応じて心理検査を実施します。
また、甲状腺機能異常(甲状腺機能亢進症など)が躁状態に類似した症状を引き起こすことがあるため、血液検査による身体的評価も重要です。なお、甲状腺機能亢進症で最も多くみられる精神症状は不安や抑うつであり、はっきりとした躁状態は比較的まれですが、念のため確認しておくべき重要な所見です。
薬物療法
双極症の薬物療法の中心は気分安定薬です。リチウムは最も確立した気分安定薬の一つで、特に再発予防に重要な役割を果たします。自殺予防効果についても、観察研究やメタ解析を中心に多くの研究で支持されています。一方で、大規模なランダム化比較試験(例:2022年に報告された退役軍人を対象とする試験)では明確な差を示せなかったものもあり、その効果の確実性については慎重な評価も必要です。それでもなお、リチウムは長期的な再発予防の中核を担う重要な薬剤です。
ただし双極症のうつ状態の急性期には、他の薬剤が優先される場合があります。
ラモトリギンは、日本でも「双極性障害における気分エピソードの再発・再燃抑制」に保険適応をもち、とりわけうつ状態の再発予防において有用性が確立しています。一方で、すでに生じているうつ症状そのもの(急性期)に対する単剤での効果は限定的であることが複数の臨床試験で示されており、主に再発予防の位置づけで用いられます。なお、まれに重篤な皮膚障害を生じることがあるため、少量から時間をかけて増量します。
バルプロ酸(デパケン等)は、日本では躁状態(躁病および躁うつ病の躁状態)に対して保険適応が認められており、特に混合状態や急速交代型で用いられることがあります。ただし、これらの病態に対する有効性のエビデンスは、躁状態そのものに比べると限定的です。
非定型抗精神病薬は、どの病相に使うかによって役割が異なります。双極症のうつ症状に対しては、日本ではクエチアピン徐放錠(ビプレッソ)とルラシドン(ラツーダ)が「双極性障害におけるうつ症状」への保険適応をもち、有効性が確立しています。一方、アリピプラゾール(エビリファイ)は躁状態や再発予防には有効性が示されていますが、双極症のうつ症状そのものに対する単剤での有効性は、複数の臨床試験で確認されていません。
これらは気分安定薬と組み合わせて使用されることがあります。
重要なのは、抗うつ薬の単剤使用は原則避けることです。気分安定薬なしに抗うつ薬だけを使用すると躁転・急速交代化のリスクが高まります。「うつ病の薬を飲むと調子が良すぎる時期がある」「以前の治療で薬を飲んで不眠になったが元気だった」という経験がある場合は、必ずお伝えください。
心理教育
双極症の治療において心理教育は、薬物療法とあわせて行うことで再発を有意に減らすことが示されており、薬物療法と並ぶ治療の柱として不可欠とされています。自分の疾患の特性・引き金・初期徴候(プロドローム)を理解し、早めに対処できるようになることが、長期的な安定に直結します。「気分の波がある病気だと知る」「睡眠が乱れ始めたら受診する」「飲酒を避ける」といった知識と行動変容が再発予防の鍵です。
生活リズムの安定化
概日リズムと密接に関連する双極症では、規則正しい睡眠・覚醒サイクルの維持が治療の根幹をなします。起床・就寝・食事・運動の時間を一定に保つ「社会的リズムの安定化」を、日常生活の中で実践できるよう具体的にサポートします。
長期的な疾病管理
双極症は再発しやすい疾患であり、症状が落ち着いても継続的な通院と薬物療法が重要です。「気分が安定している時期こそ、治療の成果が出ている」と理解していただき、自己判断での断薬を避けることが長期予後の改善につながります。当院では、症状が落ち着いた時期も定期的なフォローアップを継続し、生活上のストレスや変化に柔軟に対応できる体制を整えています。
⑤受診の目安(セルフチェック)
以下の項目に複数当てはまる場合、双極症の可能性を念頭に置いた専門的な評価をお勧めします。
ご自身についてのチェック
- 気分の「波」を長年感じており、ハイな時期とひどく落ち込む時期が繰り返されている
- 「眠れなくても元気」「アイデアが次々と湧いてくる」「何でもできる気がする」という時期がある
- そのような「ハイな時期」に、後悔するような行動(衝動買い・無謀な契約・性的な逸脱・喧嘩等)をとったことがある
- うつ病と診断されているが、抗うつ薬が効きにくい、または飲んで過剰に気分が高揚したことがある
- うつ病の治療を長く続けているが、なかなか安定しない
- 気分が落ち込んでいる時期に、過眠・過食・身体の重さが目立つ
- 家族や親族の中に双極症・躁うつ病の方がいる
- 10代〜20代にうつ病と診断されたが、その後も繰り返し再発している
ご家族・周囲の方が気になる場合
- 突然、異常なほどテンションが上がり、夜も眠らず活発になる時期がある
- 大きな買い物や無謀な計画を突然立て始めることがある
- ひどく落ち込む時期と「躁」とも取れるほど元気な時期が繰り返されている
双極症は適切な診断と治療によって、多くの方が安定した社会生活を送ることができます。「気分の波があるだけ」「性格の問題」と見過ごさず、まずは専門機関にご相談ください。うつ状態の時期に来院される方も多く、初診時に双極症の可能性について丁寧に評価いたします。