学術メンタルヘルス
2025.04.14
世界幸福度報告書にみる日本の姿
今回の話題は医療的なカテゴリではありませんが、メンタルヘルス、ウェルビーイングの一つの指標であると思います。
毎年発表される「世界幸福度報告書(World Happiness Report)」は、各国の人々が自分の人生をどれくらい幸福と感じているかを調査し、ランキングしたものです。本報告書は、2024年版以降、英国オックスフォード大学のウェルビーイング・リサーチ・センター(Wellbeing Research Centre)が、米調査会社ギャラップ社、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(UN SDSN)、および独立編集委員会と共同で発行しています。国連の関連で2012年に始まった経緯から「国連の報告書」と通称されることもありますが、国連の専門機関が直接発行しているわけではない点には注意が必要です。
このランキングは米調査会社ギャラップ社の「世界世論調査(Gallup World Poll)」によるデータに基づいており、各国の対象者に現在の生活満足度を0~10の尺度で評価してもらった平均値(通称「人生の梯子スコア」)によって算出されています。
主観的な自己評価に基づく指標であり、単純な経済統計などとは異なる点に注意が必要です。
この報告書では、人々の主観的幸福度(人生満足度)に影響を与える
6つの主要因も分析されています。具体的には以下の6項目です:
一人当たりGDP(経済力) – 豊かさの指標。
社会的支援 – 困ったときに頼れる人がいるかどうか(社会的なつながりや支え)。
健康寿命 – 健康でいられる平均寿命。
人生の選択の自由 – 自由に人生を選択できると感じる度合い。
寛容さ(気前の良さ) – 他人への寛容さや利他的行動(寄付やボランティアなど)の頻度。
腐敗の少なさ(信頼度) – 政府や社会の腐敗の少なさ(腐敗が蔓延していないと感じる度合い)。
これら6つの変数は各国の幸福度スコアの差異のおよそ4分の3(約75%)を統計的に説明できるとされ、幸福度の国際比較において重要な要素となっています。ただし注意すべき点として、ランキングそのものはこれら6変数の指数や合計によって決まるのではなく、あくまで各国回答者によるキャントリル尺度(0~10の生活評価)の回答平均のみに基づいて算出されます。6変数や、それらがすべて世界最低値である仮想国「ディストピア」は、算出されたスコアを各要因にどれだけ分解・説明できるかを示すための回帰分析上の道具にすぎません。なお、各年のランキングは単年データではなく直近3年間の移動平均によって算出される点も、年次比較の際には留意が必要です。
今回諸機関が分析している比較文献を参考に2019年から2023年までのランキングの推移をもとに日本の特徴を記述します。
2019~2023年の幸福度ランキングにおける日本の位置
日本の総合ランキングは2019年から2023年にかけて47位~62位の範囲で変動しており(2019年58位、2020年62位、2021年56位、2022年54位、2023年47位)、概ね50位前後を中心としつつも、先進国の中では低い水準にあります。
2019年版の世界幸福度報告書において日本は156か国中58位で、調査開始以来過去最低の順位となりました。
これは主要先進国(G7)の中では圧倒的な最下位であり、
日本より経済規模が小さく治安や政治が不安定な国(例えばコロンビアが43位、アルゼンチンが47位)よりも低い順位でした。
一方、当時世界で最も幸福な国とされたフィンランドは前年に続き1位(スコア7.769)を獲得し、日本(スコア5.886)との差は約2ポイントでした。この結果だけ見ると、「経済大国で世界有数の長寿国である日本が、なぜこれほど幸福度ランキングで下位に甘んじているのか」という疑問が生じます。
もっとも、日本人の平均スコア5.886自体は「10点中おおむね6点」と評価していることを意味し、決して「極端に不幸」というわけではありません。
専門家の中には、日本人の謙虚な国民性ゆえに自己評価が控えめになる傾向も指摘されています。
主観的指標である以上、このような文化的要因も念頭に置く必要があります。
その後の報告書でも日本の順位は40位台後半から60位台前半で推移しました(2024年版51位)。最新2025年度ランキングでは55位です。依然として、日本は上位国と大きな差を残したままです。1位はフィンランド(フィンランドは2025年版でも首位を維持しており、2018年版以降8年連続で世界一の「幸福国」となっています)。フィンランドの直近のスコアは7.7程度と引き続き突出して高く、2位デンマークや3位アイスランドなど他の北欧諸国も7ポイント台後半で追随しています。
一方の日本の6.1というスコアは、主要先進国の中でも依然低く、2023年時点でもG7最下位であることに変わりありません。
幸福度の主要因で見る日本とトップ国の比較
では、日本の幸福度がトップ国に比べ低い背景には何があるのでしょうか。前述の6つの主要因について、日本と世界トップクラスの国々(主にフィンランドなど北欧諸国)を比較してみます。
経済力(GDP): 日本の一人当たり実質GDPは世界でも上位に位置し、2019年時点で24位、2023年時点でも約4万ドル(購買力平価)で概ね20位台後半に入ります。
フィンランドも同程度の水準(2019年で22位)であり、経済的豊かさにおいて日本が極端に劣るわけではありません。実際、報告書の著者らも「上位国は確かに裕福だが、お金の多寡だけが幸福度を決めるわけではない」と強調しています。日本よりGDPで劣る国が日本より高い幸福度を示す例も多く、
経済力の違いは日本とトップ国の幸福度差を直接には説明しきれないようです。
社会的支援: 他者からの支えや社会的つながりの指標を見ると、
日本はトップ国に比べて低い傾向が顕著です。ギャラップ調査の質問「困ったときに頼れる親戚や友人がいますか?」に「はい」と答える人の割合は、
フィンランドをはじめとする最上位国では概ね90%以上と非常に高く、社会全体で強固なコミュニティや福祉ネットがあることが窺えます。
これに対し日本ではその割合が上位国ほどは高くない水準にとどまっています。なお、社会的支援に「はい」と答える割合の具体的な数値、および報告書における日本の社会的支援の順位は、年版によって変動があり集計によっても差が出ます。具体的な割合や順位を引用する際は、対象年版の統計付録(Statistical Appendix)の一次データを確認する必要があります。
国民皆保険や家族制度など一定の社会基盤はあるものの、「いざというときの頼もしさ」という点で日本社会は北欧諸国ほどには強くない可能性があります。この差は、
人々の主観的安心感や支え合いの実感にも影響し、幸福度の隔たりの一因となっていると考えられます。
健康寿命:健康面に関して、日本は世界で群を抜いて優れています。平均寿命自体が世界トップクラスに長いことに加え、健康上の問題なく日常生活を送れる期間(健康寿命)でも、報告書の健康寿命指標で日本は世界第2位(1位はシンガポール)と最上位に位置していました。これは日本の幸福度スコアを押し上げる大きな強みとなっています。
一方、フィンランドやデンマークなどの上位国も健康寿命はほぼ70歳前後と高水準ではあるものの、日本ほどの長さはありません。健康で長生きできること自体は幸福の土台となる重要要因ですが、
日本の場合、それによるプラス面を他の要因のマイナスが相殺している状況と言えます。つまり、
「健康だから幸せ」の度合い以上に、後述する社会・心理的要因が足を引っ張っているのです。
人生の選択の自由: 自分の生き方を自由に決められるかという主観指標では、日本は著しく低いランクに留まっています。
2019年当時、日本の「人生の自由度」は64位であり、これは日本の幸福度ランキングを下げている大きな一因と指摘されています。
2023年版でも日本の自由度は引き続き低めの水準にあり、改善の余地を残しました(参考値として自由度スコアは0.675程度、順位は60位台とされますが、対象年版の統計付録での確認を推奨します)。
対照的に、フィンランドやデンマークなどは同項目で常にトップクラス(2019年のフィンランドは5位)に位置し、多くの国民が「自分の人生に満足いく選択をできている」と感じています。
日本では、長時間労働や社会的同調圧力、性別役割分担などが個人の選択肢を狭めている可能性が指摘されています。
実際、日本は先進国の中でも労働時間が長い割に労働生産性が低く、社員のエンゲージメント(仕事への熱意)も極めて低水準であることが報告されています。こうした職場環境や社会慣習により、
「自分の人生を自分でコントロールできている」という実感が乏しいことが、日本人の幸福度を下げる一因となっているようです。
寛容さ(利他性): 他者への寛容さや親切行動を示す指標も、日本は顕著に低い値となっています。
具体的には「過去1ヶ月に慈善団体への寄付やボランティアをしたか」といった質問への肯定率が基になっており、日本人はこの点で世界的に見ても消極的です。
2019年時点で日本の「寛容さ」順位は92位と低迷しており、2023年版では指標値が0.153とさらに下位クラスになっています。一方、幸福度の高い国々では寄付や社会奉仕活動が文化として根付いており、フィンランドは「寛容さ」で必ずしも世界一ではないものの(2019年は47位)、半数近い国民が定期的に慈善寄付を行い、3人に1人が直近1ヶ月以内にボランティアに参加したとのデータもあります。
こうした他者への貢献や親切は、自身の幸福感を高める効果があることが心理学研究などでも示唆されています。
日本では利他的行動が比較的少ないために、その分「人の役に立つことで得られる喜び」を感じる機会が少なく、幸福度にマイナスに働いている可能性があります。
腐敗の少なさ(社会への信頼): 政府や社会への信頼感も幸福度に影響する要因です。汚職や腐敗が少ない社会では人々の安心感・制度への信頼が高まりやすいため、幸福度も高くなる傾向があります。
北欧諸国はこの点でも優れており、例えばフィンランドやデンマークは「腐敗の少なさ」指標で常にトップクラス(クリーンな政府への信頼が厚い)です。
日本は公的機関への信頼度で見ると中位程度で、2019年版の統計付録では「腐敗の少なさ」順位は39位でした。これは決して最悪ではありませんが、幸福度上位国ほどの高い信頼感は得られていないことを意味します。ここで一点、指標の読み方に注意が必要です。報告書で用いられる腐敗の変数は「生の値が高いほど腐敗の認識が強い(つまり望ましくない)」という方向で記録されており、幸福度に対してはマイナスに働く要因として扱われます。日本の腐敗認識の生の値は歴史的に高め(おおむね0.65~0.68程度)で推移しており、北欧の上位国(生の値が低い=腐敗の認識が少ない)と比べると、この項目は日本の幸福度をやや押し下げる方向に作用していると考えられます。なお、報告書の図表には各国スコアを6要因に分解した「寄与度(contribution)」の数値も併載されており、これは生の認識値とは別物です。両者は方向も大きさも異なるため、「○○というスコア」を引用する際は、それが生の認識値なのか寄与度なのかを区別する必要があります。社会への信頼感が欠けると人々の不安が増し、ひいては幸福感の低下につながりうるため、この面でも日本は課題を抱えていると言えます。
以上のように、幸福度に寄与する主要因ごとに見ていくと、
日本は「健康」や「経済力」でアドバンテージがある一方、「社会的つながり」「自由度」「利他性」「制度への信頼」といった項目で大きなビハインドを抱えていることが分かります。
幸福度トップクラスの国々はこれらの要因をバランス良く高水準で備えており、特に社会的支援の厚さや個人の自由、社会への信頼といった質的な豊かさで群を抜いています。日本の場合、物質的には豊かで長生きできても、人間関係の希薄さや自己実現のしにくさ、社会への不信などが相まって、人々の主観的幸福感を押し下げている構図が浮かび上がります。
幸福度評価の妥当性と日本への示唆
以上の議論で留意すべき点として、幸福度の要因分析は
統計的相関に基づくものであり因果関係を直接証明するものではないことが挙げられます。
これらは「あくまで幸福度との関連性が高い要因」という位置づけです。実際には、日本人の幸福感が低めである背景には
歴史的・文化的要因や価値観の違いも影響しており、単一の要因で説明できるものではありません。日本人は幸福の自己評価が控えめだという見方もあります。
さらに、東アジアの回答者は人生評価(キャントリル尺度)を全体に控えめに回答する傾向が研究上指摘されています。実際、6要因だけで説明される部分を見ると日本は上位国に比較的近い水準となり、順位の低さの相当部分は回帰式で説明されない「残差」に現れます。したがって、順位の低さを直ちに「日本人が実態として不幸である」と短絡することには慎重であるべきです。
このように、国際比較データには文化差が存在しうる点には注意が必要です。
ただし分析から浮かび上がった
「社会的つながりの弱さ」「個人の選択の自由度の低さ」「他者や社会への信頼・寛容の低さ」
といった課題は、多くの専門家や研究で指摘されている通り改善の余地があるでしょう。
実際に幸福度上位の国々は、経済成長だけでなく社会的な福祉充実や働き方の柔軟性向上、コミュニティの強化などに力を入れています。
フィンランドが必ずしも北欧で最大のGDPを持たないにもかかわらず幸福度が高い背景としては、手厚い社会保障や個人の自由、ワークライフバランスの良さが大きいと、報告書本文や関連する幸福度研究では指摘されています。
この記事の監修者
メンタルクリニック下北沢
院長・精神保健指定医
堀江 宇志
- 【所属学会】
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- 日本精神神経学会
- 日本認知症学会
- 日本臨床睡眠学会
- 日本学校メンタルヘルス学会
- 【経歴】
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京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。