学術メンタルヘルス
2026.07.21
メンタルヘルスと食事の関係
「食事を整えると、こころの調子もよくなるのでしょうか」。診察室でこうたずねられることが増えました。「栄養精神医学(nutritional psychiatry)」という分野があり、健康的な食事とうつの少なさには、繰り返し確認された関連(相関)が確認されています。しかし「食事を変えれば必ずうつが治る」と言い切れる因果の証拠は、まだ限定的です。食事療法は標準治療(薬物療法・精神療法)を置き換えるものではなく、それらに加える補助的な選択肢と位置づけるのが、現時点で最も妥当な理解です。
食事パターンとうつ病
大規模な観察研究のメタ解析(Lassale ら、Molecular Psychiatry、2019年)では、地中海食など健康的な食事への順守とうつリスクの低下が一貫して関連づけられています。ただし観察研究では、「うつだから食生活が乱れる」という逆の因果や、社会経済的地位・運動・睡眠などによる交絡を排除しきれません。
介入試験の嚆矢が SMILES 試験(Jacka ら、BMC Medicine、2017年)です。
中等度〜重度のうつ病の成人に、管理栄養士による地中海食型の支援と社会的支援(befriending)を比較した12週間の単盲検RCTで、効果量は Cohen's d=−1.16(95%信頼区間 −1.73〜−0.59)、12週時点の寛解率は食事群32.3%(対照8.0%)でした。ただし登録は67名、12週を完了したのは56名と小規模(当初計画の約3分の1)で、
後に Molendijk ら(2018年)が、抗うつ薬(d≈0.3)や認知行動療法(d≈0.2〜0.3)の4〜5倍という効果量は盲検の破綻や期待効果によるのではないかと批判しています。
その後の試験は明暗が分かれます。HELFIMED(2019年)や AMMEND(2022年、若年男性、BDI-II の群間差14.4点)は良好でしたが、いずれも非盲検です。
一方、最大級の予防試験である MooDFOOD(JAMA、2019年、N=1,025)では、過体重・肥満があり軽度の抑うつ症状をもつ(まだうつ病とは診断されない)方を対象に、多栄養素サプリメントも食行動活性化療法も、うつ病の新規発症を予防できませんでした。
全体像を示すのがメタ解析です。Firth ら(Psychosomatic Medicine、2019年)は16件のRCT(45,826名)で有意な効果(Hedges g=0.275)を報告しましたが、2020年に訂正が出され、効果量は g=0.162(95%CI 0.055〜0.269)とさらに小さくなりました。
不安には有意な効果がなく、16件中うつ病の臨床診断例を扱ったのは1件のみです。
効果は「小さいが確かにある」水準で、劇的なものではありません。なお、より長期(3か月以上)の効果を検討した最新のメタ解析(Annals of Internal Medicine、2025年、25件のRCT)でも、心血管代謝リスクの高い方でカロリー制限にわずかな改善が認められた程度にとどまり、根拠の確実性は「低い〜非常に低い」と評価されています。地中海食など他の食事法や、標準治療への上乗せ効果についての根拠は、なお限定的です。
超加工食品
超加工食品(UPF)の摂取が多いほど、その後のうつ発症リスクが高い(前向き研究の統合ハザード比1.22〜1.32程度)という報告が相次いでいます。ただし報告の多くは一時点で調べた横断研究であり、前向きに追跡した研究は限られます。いずれも観察研究であるため、交絡と逆の因果の可能性が残り、因果関係が確立したわけではありません。
サプリメント ― 「欠乏の補正」と「上乗せ」は別物
オメガ3脂肪酸は、EPA比率の高い(おおむね60%以上)製剤をEPA量1〜2g/日で用いた場合に抑うつの改善が報告される一方、DHA主体の製剤では効果が示されていません。ただしこの「60%」という線引きは便宜的なもので、EPA量が多いほど良好という連続的な関係を示す解析もあります。また、EPA2g/日を超える用量ではかえって有意差が示されておらず、多ければよいというものではありません。
ただし予防目的では明確に否定的で、VITAL-DEP試験(JAMA、2021年、18,353名)は予防効果を示しませんでした。
ビタミンDも同じく VITAL-DEP(JAMA、2020年)で、2000 IU/日の補充はうつの発症・再発を予防せず(HR=0.97)、気分も改善しませんでした。葉酸(L-メチル葉酸)は、SSRI抵抗性うつへの15mg/日の上乗せで反応率32%(プラセボ15%)という報告がありますが、これは75名を対象とした単一の試験の結果であり、同じ試験で7.5mg/日ではプラセボと差がありませんでした。対象は限られます。
検査で確認された欠乏の補正には意味がありますが、欠乏のない方がサプリを足しても効果は乏しい、というのが大枠です。
新興領域と、うつ以外への広がり
腸内細菌に働きかけるプロバイオティクスや、重い精神疾患へのケトジェニック食も注目されていますが、いずれも小規模・予備的な段階です。ケトジェニック食で話題になった「回復率75%」は、双極性障害または統合失調症の方を対象としたパイロット研究(Sethi ら、Psychiatry Research、2024年)の数値であり、うつ病を対象としたものではありません。登録23名(解析21名)・4か月・比較対照群を置かない単群試験で、参加者の一部はベースラインの時点ですでに比較的安定した状態にありました。対照群がないため、この数字をそのまま治療効果と受け取ることはできません。
MIND食が認知機能の低下を遅らせるという観察研究は有名ですが、それを検証したRCT(New England Journal of Medicine、2023年、604名、3年間)では、全般的な認知機能もMRI所見も対照群と有意差がありませんでした。なおこれは認知機能の低下予防を検証した試験であり、うつ病を対象としたものではありません。
ADHDでは人工着色料の除去などに効果が報告されますが、効果量は刺激薬よりはるかに小さく、対象も限られます。
読み解く際の注意点
食事内容は隠せないため盲検化が難しく期待効果が入りやすいこと、食事評価の多くが自己申告であること、食事が生活習慣全体と絡み合うこと、うつが食生活を乱す逆の因果もあること。単一の華々しい研究ではなく、陰性結果まで含めて総合的に判断する姿勢が大切です。また、うつ病と診断された方を対象としたSMILES試験の大規模な追試は現時点でも発表されておらず、この分野の中心的な根拠は依然として少数の小規模試験に依存しています。
まとめ ― 今日からできること
土台を整える:野菜・果物・全粒穀物・豆類・魚・オリーブオイルを中心に、超加工食品や加糖飲料を減らす。日本人を対象とした研究でも、和食パターンと抑うつ症状の少なさの関連が繰り返し示されています。約2,300名の勤労者を対象とした研究(Nanri ら、2013年)でも、約12,500名を対象とした近年の大規模研究(J-ECOH研究、2025年)でも、和食の要素をよく摂っている方ほど抑うつ症状が少ないという関連が報告されています(いずれも観察研究です)。
「補助」であって「代替」ではない:治療中の方は自己判断で薬や通院をやめず、主治医と相談しながら「加える」形で。
サプリは万能ではない:血液検査で欠乏が確認された場合の補正には意味がありますが、漫然と足しても効果は期待しにくいのが現状です。
極端な食事法は慎重に:ケトジェニック食などは研究段階であり、必ず専門家の管理下で。とくに摂食障害の既往がある方はリスクを伴います。
この記事の監修者
メンタルクリニック下北沢
院長・精神保健指定医
堀江 宇志
- 【所属学会】
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- 日本精神神経学会
- 日本認知症学会
- 日本臨床睡眠学会
- 日本学校メンタルヘルス学会
- 【経歴】
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京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。