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周産期以降における夫婦の「うつ病リスク」を正しく理解するために

妊娠中から出産後1年ほどは、生活、睡眠、家族関係、仕事、身体状態などが大きく変化する時期です。母親の「産後うつ」はよく知られていますが、近年は父親にも妊娠・出産を取り巻く時期に抑うつ症状がみられることが明らかになっています。ただし、「産後うつは何%か」という数字を読むときには、その数字が何を測ったものなのかを区別することが非常に重要です。

日本では母親の約14%、父親も約1割――ただし「診断率」ではない

日本人女性を対象とした123研究のメタ解析では、産後1か月時点のデータを報告した63研究、108,431人を統合すると、うつ症状の基準を満たした人の割合は14.3%でした。一方、日本人男性を対象としたメタ解析では、産後1か月以内で9.7%、3~6か月で13.2%という推定値が報告されています。

これだけを見ると、「母親の7人に1人、父親の10人に1人がうつ病になる」と受け取ってしまうかもしれません。しかし、それは正確ではありません。これらの研究の多くは、EPDS(エジンバラ産後うつ病自己評価票)などの質問票を使い、一定以上の症状がある人を数えたものです。質問票で基準を超えたことと、医師からうつ病と診断されたことは同じではありません。

この違いは、単なる言葉の問題ではありません。2026年に発表されたデンマークの全国データでは、産後約2か月にEPDS 11点以上だった女性は7.1%だったのに対し、産後1年以内に抗うつ薬処方または病院でのうつ病診断が記録された女性は1.5%でした。さらに、EPDSで基準を満たした女性のうち、登録データでも産後うつに該当した人は1割弱でした。つまり、質問票と医療記録は、重なる部分を持ちながらも同じ人々を数えているわけではありません。

スクリーニング、診断、薬の処方は「三段階の重症度」ではない

周産期のうつについては、主に三つの数字が登場します。

一つ目は、EPDSなどのスクリーニング結果です。これは抑うつ、不安、楽しめなさなどの症状から、詳しい評価が必要な人を見つけるためのものです。二つ目は、診察を経て記録されるうつ病の診断です。三つ目は、医療機関で行われる抗うつ薬の処方です。

ここで大切なのは、「スクリーニング陽性者の中から診断者が選ばれ、さらにその中から薬を飲む人が選ばれる」という単純なピラミッドではないことです。たとえば、うつ病がプライマリケアで治療され病院診断データに残らない場合もあります。心理療法や地域支援を受けて薬を使わない人もいれば、抗うつ薬の処方記録があっても病院でのうつ病診断記録がない人もいます。デンマークの2026年研究でも、処方、病院診断、EPDS陽性の重なりは限定的でした。

したがって、「EPDSでは10%、診断ではもっと少ない、薬を使う人はさらに少ない」という数字だけから、病気の重さを順番づけることはできません。それぞれが症状の存在、医療との接点、治療行動という異なる側面を映しています。

EPDSは役立つが、点数だけでうつ病とは診断できない

EPDSは周産期のメンタルヘルスを評価するために広く用いられる10項目の質問票です。国際的な個人データ・メタ解析では、診断面接と比較した場合、11点以上を区分点とすると感度81%、特異度88%で、両者のバランスが最も良好でした。13点以上にすると特異度は95%に上がる一方、感度は66%まで下がりました。つまり、区分点を高くすれば見逃しが増えやすく、低くすれば偽陽性が増えやすくなります。

日本では、産後女性について9点以上が実務上よく用いられています。また妊娠中は同じ区分点とは限らず、日本産科婦人科学会の2023年ガイドラインでは、妊娠第2三半期について13点という国内研究が紹介されています。日本人男性については8点以上を提案した研究がありますが、父親に対するスクリーニングの研究蓄積や支援体制は、母親ほど確立していません。

したがって、EPDSの結果は「病名を決める検査」ではなく、詳しく話を聞き、必要な支援や診療につなげるための入口と考えるのが適切です。日本産科婦人科学会、日本精神神経学会、ACOG、NICEはいずれも、質問票だけで完結するのではなく、陽性結果や臨床的な懸念があれば、その後の評価・支援・治療につなげることを重視しています。

母親は「産後だけ」、父親は「3~6か月だけ」が危険なのか

時期についても、数字を単純化しすぎないことが大切です。

日本人女性のメタ解析では、妊娠第2三半期14.0%、第3三半期16.3%、産後1か月以内15.1%、1~3か月11.6%、3~6か月11.5%という推定値でした。つまり、抑うつ症状は出産後になって突然始まるものだけではなく、妊娠中からすでに認められることが少なくありません。

父親については、日本のメタ解析で産後1か月以内9.7%、1~3か月8.6%、3~6か月13.2%、6~12か月8.2%と推定され、3~6か月が最も高い値でした。ただし3~6か月の推定値は4研究、1~3か月は1研究、6~12か月は2研究に基づいています。したがって、「すべての父親は3~6か月に最も危険になる」というほど確立した知見ではありません。

実際の臨床では、妊娠中、出産直後、数か月後のいずれにも症状は起こり得ます。「産後1か月を過ぎたからもう大丈夫」「父親は半年ごろだけ気をつければよい」と考えるのではなく、妊娠中から産後1年程度まで、本人や家族が変化に気づけることが重要です。ACOGは妊娠初期、妊娠後期、産後に検証済み尺度を用いたメンタルヘルス評価を推奨し、NICEも妊娠中から産後1年まで継続して精神状態に注意するよう求めています。

父親の「産後うつ」は本当にあるのか

父親にも、子どもの誕生前後に臨床的に重要な抑うつ症状やうつ病が起こり得ます。ただし、「父親の産後うつ病」という名称がDSMやICDの独立した疾患名として設けられているわけではありません。研究や臨床では「paternal perinatal depression(父親の周産期うつ)」などの表現が用いられますが、診断基準を満たす父親については通常のうつ病として診断・治療されます。

母親と父親の状態は完全に独立しているわけでもありません。28研究、11,593組の親を統合したメタ解析では、父親と母親の抑うつ症状には妊娠中、産後とも正の関連があり、産後の相関係数は0.279でした。ただし研究間の差は大きく、片方の不調がもう片方の不調を直接「引き起こす」と証明したものではありません。家族の一人に不調がみられたとき、もう一人の心身の状態にも目を向けることが有用だ、と理解するのが適切でしょう。

「産後は1.8倍」という数字はどう読むべきか

デンマークの全国登録を用いた2024年の研究では、2000~2022年のデータを調べたところ、出産後180日以内の女性に記録されたうつ病診断の発生率は34.3/1万人年、比較対象となった生殖年齢女性では18.9/1万人年でした。二つを単純に割ると約1.8になります。

ただし、ここから「出産によって、一人ひとりがうつ病になる確率が80%上がる」と読み替えることはできません。これは観察された発生率の比較であり、個人の発症確率そのものではありません。また観察研究なので、出産という出来事そのものの因果効果を無作為化試験のように確定したものでもありません。さらに、この研究で拾える「診断」は医療機関を受診し診断記録が残ったケースに限られるため、著者らも真の発生を過小評価する可能性を指摘しています。

英国の86,957家族を調べたプライマリケア研究でも、子どもが生まれた最初の1年は、その後の年齢区間と比べてうつ病エピソードの発生率が高く、母親で13.93、父親で3.56/100人年でした。ここでも13.93と3.56の単位は「%」ではなく「100人年当たりの発生率」である点に注意が必要です。

抗うつ薬の処方件数だけでは、うつ病の頻度は分からない

父親90,736人と比較男性453,632人を調べた英国の2023年研究では、産後1年間に抗うつ薬を処方された父親は4.9%、比較男性は5.9%でした。年齢、社会経済状況、過去の抗うつ薬治療などを調整すると、父親になったこと自体と処方との明確な関連はみられず、調整PRRは1.01(95%CI 0.98–1.04)でした。

しかし、この結果から「父親は産後にうつ病になりやすくならない」と結論することはできません。研究者自身が、この研究ではうつ症状やうつ病診断を調べておらず、抗うつ薬処方だけを調べたことを限界として挙げています。実際、最も強く処方を予測したのは過去の抗うつ薬使用歴でした。

母親についても同じ注意が必要です。デンマーク研究では産後女性の抗うつ薬処方発生率は135.7/1万人年で、比較女性の209.8/1万人年より低い値でした。一方、病院でのうつ病診断発生率は産後女性の方が高くなっていました。これは矛盾ではなく、診断記録と処方記録が違う現象を測っていることを示す好例です。

処方率には症状の程度や持続期間だけでなく、受診経路、患者本人の希望、心理療法や地域支援の利用、医療制度、処方慣行などが影響します。したがって、「薬が少ないから軽症」「薬が処方されたから重症」と機械的に判断することはできません。なお、授乳中でも使用できると判断される抗うつ薬はあり、薬物療法の必要性は母体の状態、薬剤、児の状態などを含めて個別に検討されます。治療中の薬を授乳への不安だけで自己判断で中止することは避け、主治医に相談することが重要です。

数字より大切なのは、「変化が続いているか」「生活に影響しているか」

周産期のメンタルヘルスを考えるとき、「14%か10%か」「1.8倍かどうか」だけに注目する必要はありません。スクリーニングの役割は病名を自分で決めることではなく、支援や診療につながるべき状態を見逃さないことです。日本産科婦人科学会は、妊娠中からうつ病・不安障害のリスクを評価し、生活機能が著しく損なわれている場合には精神科や地域支援につなぐことを推奨しています。

気分の落ち込み、楽しめなさ、強い不安、自責感、眠れない状態などが続く、育児や仕事・家事に大きな支障がある、あるいは本人や家族が「いつもと明らかに違う」と感じる場合には、産婦人科、精神科・心療内科、かかりつけ医、助産師、保健師などに相談してください。

とくに、死にたい・消えたいという考え、自分や赤ちゃんを傷つけるおそれ、幻覚や妄想、著しい混乱、現実から離れた言動、極端な興奮などがある場合は、通常の予約を待つのではなく緊急の評価が必要です。 日本の産科ガイドラインでも、自殺行為、幻覚・妄想、著しい生活機能障害などは精神科との速やかな連携を必要とする状態として扱われています。

周産期のこころの不調は、母親だけの問題でも、父親だけの問題でもありません。そして、一つの質問票、一つの診断コード、一つの処方記録だけで全体像を表すこともできません。数字を正しく読みながら、本人の症状、生活への影響、これまでの精神科治療歴、家族全体の状態を合わせてみることが、早期発見と適切な支援につながります。

この記事の監修者

メンタルクリニック下北沢

院長・精神保健指定医

堀江 宇志

【所属学会】
  • 日本精神神経学会
  • 日本認知症学会
  • 日本臨床睡眠学会
  • 日本学校メンタルヘルス学会
【経歴】

京都大学理学部入学後、山口大学医学部に転学。卒業後、成康会堤小倉病院、FLATS ヒルサイドクリニック、八王子メンタルクリニック院長、佐藤メンタルクリニック副院長、下北沢メンタルケアクリニック院長等を経て現職。