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2025.03.14

さまざまな心理療法の効果比較

近年、認知行動療法(CBT)や精神分析的アプローチ、対人関係療法、支持的精神療法など、さまざまな心理療法が臨床現場で用いられています。みなさんの中には「うつ不安にどの療法が一番効くのだろう?」「つらいトラウマ体験にはどういった治療が良いの?」と疑問を抱かれる方も多いでしょう。実際、多くの研究者・臨床家が「一体どの療法が最も効果的なのか」を検証してきました。しかし、質の高い複数の研究を統合して分析すると、全体的な治療効果には明確な差がほとんどないという興味深い結論が得られています。例えば、2010年にTolin氏らが発表したメタ分析や、2021年にCuijpers氏らが実施した大規模研究でも、主要な心理療法間で有効性に大きな違いはほぼ見られなかったと報告されています。

 

多くの研究で「大差なし」の結論

統合的に検討すると、多くの質の高い研究では各療法間に有意な差がないことが示されていました。さらに、CBT(認知行動療法)がうつ病治療で若干有利とする結果や、トラウマ焦点化アプローチがPTSD(心的外傷後ストレス障害)への治療でわずかに高い効果を示す、といった報告もありましたが、その差はごく小さいか一時的に限られることが多く、フォローアップ調査(追跡調査)ではその優位性が消失する傾向があるとされます。

 

こうした「差が小さい、または差が消失する」現象は、20世紀半ばから心理療法研究を牽引してきた「ドードーバード仮説」を支持する一つのデータとも考えられます。ドードーバード仮説とは、「すべての正統な(bona fide)心理療法は同等の効果をもたらす」という見解のことです。実際に、多くのメタ分析や系統的レビューが、療法の技法そのものよりも、共通要因(セラピストと患者の良好な関係、患者の期待感など)が治療効果に大きく寄与するのではないかと示唆しています(Munderら 2012)

 

なぜ大差が出にくいのか?――共通要因の重要性

心理療法の効果においては「特定の技法」だけでなく「共通要因」が大きく影響すると考えられます。共通要因とは、どの心理療法にも含まれる

セラピストとの信頼関係

安心して自分を表現できる空間

希望やエンパワメントなどです。

研究者の好みや信念が治療結果に影響

Munderらの 2012年のメタ解析において(研究者アライアンス)が治療成果に影響した、という結果さえ報告されています。これは、“この治療が効くはずだ”という期待や前提が、患者さんの改善にポジティブな効果をもたらす可能性を示すデータでもあります。

したがって、多くの心理療法において「患者との協調関係を築き、本人が安心して自らの問題や体験を語れる」という状態が確保されていれば、どの技法を用いても一定の効果が得られやすいのではないか、と考えられているのです。

 

それでもわずかな違いはある?――CBTやトラウマ焦点化療法の利点

多くの研究が「大差なし」と結論づけている一方で、次のような“わずかな”違いも確認されています。

  1.  
  2. CBTの優位性
    うつ症状に関しては、認知行動療法が一時的に僅かながら優位とする研究結果があります(Tolin, 2010; Cuijpers ら, 2008)。CBTは思考パターンや行動様式を直接的に修正することをめざすため、短期的に症状の改善を実感しやすいことがその一因と考えられます。

  3.  
  4. トラウマ焦点化療法の効果
    PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療では、トラウマ体験を扱うエクスポージャー療法やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)など、トラウマに直接焦点を当てた治療がやや効果的だったという報告があります(Bradley ら, 2005)。しかし、この差も大きいとは言えず、長期的に見ると他療法との差異は縮小する傾向があるとされます。

  5.  
  6. 精神分析的/精神力動的アプローチの人間関係面での効果
    精神分析的もしくは精神力動的な治療を受けた患者さんは、長期的に見ると対人関係や自己理解といった領域で大きな恩恵を得ることが示唆されています。治療期間が長期にわたることが多いため、一見効果が目立ちにくいですが、長期のフォローアップで安定した改善が見られるとの報告もあります。

 

長期的効果――治療継続とフォローアップの重要性

フォローアップ(追跡調査)に関するデータは必ずしも豊富ではありませんでしたが、多くが「最初の効果が長期的にも維持される」か「各療法間で大きな差がなくなる」という結果を報告しています。一時的にCBTが優勢だったとしても、半年後・1年後には他の療法と効果の差がなくなる例や、トラウマ焦点化治療による回復が長期的には他の療法と同程度まで近づくケースも指摘されています。

このことから、「ある特定の時期にはある療法が優勢に見えても、長期的に見ると同じような改善度に落ち着くことが多い」と総括できます。逆に言えば、「限られた期間だけ治療を受ける場合に、どの療法がより効率的か」を判断するには、さらに厳密な研究が必要とも言えるでしょう。

 

治療時間・セッション時間が与える影響

一部の研究では、セッションの長さが効果に影響するとされています。たとえば、

  • 90分以上の長時間セッションの場合、CBTがより効果を示す傾向
  • 90分未満の短時間セッションでは行動活性化療法(Behavioral Activation)が有効

といった結果が報告されています。これはあくまで限られた研究データではありますが、治療の時間設定や頻度も含め、患者さんの生活状況や症状に合わせて柔軟に対応することの重要性を示唆しています。

 

どの心理療法を選べばよいのか?――患者さんの好みと臨床判断

実際の臨床現場では、治療方法を「○○療法が一番だから」と単純に決めるわけではありません。患者さん一人ひとりのニーズや嗜好、症状の特性、生活環境などを総合的に判断して適切な治療方針を立てます。

  •  
  • 症状や生活状況
    たとえば、強い不安や恐怖がある方には、段階的に恐怖刺激に慣れるエクスポージャーを中心とした方法が用いられることがあります。
  •  
  • 患者さんの性格や好み
    「考え方のクセを論理的に修正していきたい」ならCBTが向いているかもしれませんし、「過去の体験をじっくり振り返り、対人関係のパターンを洞察したい」なら精神力動的アプローチが合うかもしれません。
  •  
  • 治療の目標
    「短期間に症状を軽減し、日常生活へ早く復帰したい」のか、「時間をかけて自分の深層心理や人間関係の課題を根本から見直したい」のかで選択肢は変わります。

たとえ治療そのものの効果に目立った差がなかったとしても、患者さんにとって納得しやすいプロセスであったり、受け入れやすい考え方を提供してくれる療法であるほど、治療へのモチベーションや信頼関係が高まります。その結果、治療効果や継続性に好ましい影響が及ぶと考えられています(Cuijpers ら, 2021)

 

まとめ

本コラムの結論として、現在の研究は「各心理療法の効果に絶対的な優劣はなく、小さな差がある場合も長期的にはほとんど消失することが多い」と示唆しています。それでも患者さんの特性や好み、そして治療のタイミング・期間によっては、特定の療法がよりマッチする場合があります。

  • 大きく見ればどの心理療法も一定の効果がある
  • 個別的には、症状や要望に応じて合う療法が異なる
  • 治療の“共通要因”こそ、効果の核心的な部分を支えている

「どの心理療法が一番良いですか?」という質問は自然な疑問ですが、実際には「あなたに合った治療を、適切なセラピストと環境で続けることこそが最も重要」である、と言えるでしょう。