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2025.06.14
レジリエンスとは何か?
レジリエンス(精神的回復力)とは、逆境や困難に直面したときに適応し、元の健康的な状態や機能を取り戻す能力を指します。米国心理学会(APA)は「逆境、トラウマ、悲劇、脅威、重大なストレス源にうまく適応するプロセス」と定義しています。この概念には 心理学的側面(例:認知的・情緒的な適応)と 神経生物学的側面(例:脳やホルモンの適応反応)の両面が含まれます。レジリエンスは固定的な「性質」ではなく、状況や時間によって変化するダイナミックなプロセスです。例えば、職場では強靭に適応できる人でも、私生活ではもろくなることがありえます。またレジリエンスは個人だけでなく、家族、組織、地域社会など多層的なシステムに存在しうる能力です。要するに「折れずにしなやかに戻る力」と言われるように、その本質は健全な適応と回復にあります。ただし「成長」を含めるかどうか、特性(trait)と見るか過程(process)と見るかについては研究者間でも定義に幅があります。本稿では、レジリエンスを困難に適応し乗り越える力と位置づけ、そのメカニズムと促進法について現時点の科学的知見を概観します。
ストレスの理解とその影響
レジリエンスを語るには、まずストレスとその影響を正しく理解する必要があります。短期的なストレス反応として有名なのが「闘争・逃走反応 (fight-or-flight response)」で、これは危険を察知した際に交感神経系と視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)が活性化し、アドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンが放出される現象です。急性のストレス下では心拍数や血圧が上昇し、一時的に身体能力や集中力が高まります。適度なストレスは生体の恒常性維持(ホメオスタシス)に役立つこともあります。しかし、極度または慢性的なストレスは話が別です。強すぎるストレスや長期間に及ぶストレスは、身体のストレス反応システムを過剰に駆動し続け、「アロスタティック負荷 (allostatic load)」と呼ばれる累積的なダメージをもたらします。これはストレスに適応するための生体の調整が過剰になり、かえって心身の不調を招く状態です。
慢性的ストレスによる影響は深刻です。医学・生理学研究により、長期にわたるストレス暴露はメンタルヘルスと身体疾患の双方のリスクを高めることが明らかになっています。例えば、臨床研究では強いストレスに晒された人は うつ病や不安障害、燃え尽き症候群(バーンアウト)の発症率が上昇し、免疫系の乱れを介して炎症性疾患や心血管疾患のリスクも高まることが示されています。Karatoreos & McEwen(2013年、米国ロックフェラー大学、ストレス研究のレビュー)は、慢性ストレスが脳の構造機能変化(海馬の萎縮など)や内分泌異常を通じて、心身に広範な悪影響を及ぼすと報告しています。またRussoら(2012年、米国マウントサイナイ医科大学、神経生物学レビュー)は、ストレス脆弱性とレジリエンスの神経メカニズムを整理し、慢性ストレスがうつ病等を誘発し得る一方で、一部の個体は神経回路レベルで適応を示し発症を免れることを述べています。これらの知見から分かるように、ストレスそれ自体は誰にとっても避けられない現実ですが、その影響の深刻さや持続時間には個人差があります。強いストレスに晒されても深刻な心身の不調に至らない人々がいるのは、レジリエンス(および支援環境)の違いによるものです。要は、ストレスの影響を緩和し跳ね返す力がレジリエンスであり、これが高い人はストレスによるダメージが蓄積しにくいのです。
実際、レジリエンス研究の発端は「なぜ極限的ストレスを経験してもなお健康を保てる人がいるのか?」という問いでした。極度のトラウマを経験してもPTSDを発症しない人や、一時的に症状が出ても自然回復する人たちの存在が、レジリエンスの存在を示唆したのです。ストレスに対する反応は千差万別であり、そこには遺伝的要因、発達歴、性格傾向、対処スキル、社会的支援など様々な要因が関与します。近年では「ストレス関連障害への脆弱性とレジリエンス」を解明する研究が進み、脳内報酬系やHPA軸、炎症・免疫反応の差異など、生物学的な基盤も明らかになりつつあります。要するに、ストレスは人類に普遍的な試練ですが、その試練に対する“心身の跳ね返り力”には個人・環境による差があるということです。レジリエンスとは、この跳ね返り力を規定する様々な要因の総合的な現れと言えます。
レジリエンスを促進する個人要因と環境要因
では、ストレスに強い人と弱い人の違いは何でしょうか。どんな要因がレジリエンスを高めるのかについて、研究は心理社会的要因から生物学的要因まで幅広く検討しています。結論として、単一の要因で説明できるものではなく、個人内要因と環境要因の相互作用によってレジリエンスは形作られます。Southwickら(2014年、米国イェール大/国立PTSDセンター、専門家パネル)は「レジリエンスの決定因子は遺伝・エピジェネティクスから心理特性、社会関係、文化まで多層に及ぶ」と指摘しています。主な保護要因を以下に整理します。
個人(心理・生物学的)要因: 性格特性やスキルでレジリエンスに寄与するものとして、楽観性(将来は良くなるという信念)、自己効力感(自分は対処できるという感覚)、ストレス対処スキル(問題解決能力、感情調整力など)、柔軟性(視点転換や対応を変える能力)、共感性や良好なコミュニケーション、道徳的価値観やスピリチュアリティなどが挙げられます。例えば青少年のレジリエンス研究では、自尊心や自己統制力が高いほど逆境から立ち直りやすいと報告されています(Llistosellaら 2022年モデルの保護要因)。また生物学的には健康な生活習慣(十分な睡眠・栄養・運動)が脳のストレス耐性を高めることが知られています。身体的鍛錬によりストレス時の心拍やホルモン反応が安定化するという報告もあります(エビデンス例:運動習慣がHPA軸の反応閾値に影響を与える疫学研究など)。ユーモアのセンスや創造性も困難下で心を保つのに役立つという指摘があります。もっとも、これら個人要因の効果は一様ではなく、人それぞれ強み弱みがあります。重要なのは自分の強みとなる要因を把握し、弱い部分は環境の助けで補うことです。
環境(社会・文化的)要因: 周囲の環境もレジリエンスに大きく影響します。中でも決定的なのは社会的支援です。家族や友人のサポート、支援団体やコミュニティの存在、職場や学校の理解ある風土といったものは、困難に対処する上でクッションの役割を果たします。古典的な発達研究では、幼少期に温かく安定した養育者(親や保護者)との愛着関係を築いた子どもは、成人後に逆境へより強いレジリエンスを示すことが示されています。健全な愛着や家庭環境は「レジリエンスの基盤」とされ、これは多くの縦断研究で一貫して確認される所見です(エビデンスレベル:高いが、主に観察研究)。
たとえばMastenらの長期追跡研究では、
幼少期に少なくとも一人の養育者から安定した愛情と養育を受けた子どもは、どんなに貧困やトラウマに曝されても、大人になって社会的に適応的である割合が高いことが示されています(有名なカウアイ縦断研究などが例として挙げられます)。また
友情やパートナーからの情緒的支え、職場の同僚や上司の支援なども、ストレスによるメンタルヘルス悪化を防ぐ重要な要因です。
Ozbayら(2007年、米国マウントサイナイ医科大学、総説)は
「質の高い社会的サポートはレジリエンスを高め、トラウマ後の精神病理発症を予防する」と述べ、社会的つながりが脳内のノルアドレナリン系やHPA軸にも安定効果をもたらす可能性を指摘しています。さらに
文化やコミュニティの要因も見逃せません。社会全体として困難に立ち向かう価値観(例えば「みんなで助け合おう」という文化や、逆境からの立ち直りを称賛する風土)があると、個人のレジリエンスも支えられます。Ungar(2008年、カナダ・ダルハウジー大学、14か国比較研究)などは、若者のレジリエンスには各文化で異なる表れ方があるものの、家族やコミュニティから認められ守られている感覚が普遍的に重要と報告しています。
相互作用: 個人と環境の保護要因は相乗効果を持ちます。たとえば「楽観的な性格」(個人要因)を持つ人でも、孤立無援では潰れてしまうかもしれませんし、逆に家族友人が支えてくれても、本人の問題解決能力が極端に低ければ立ち直りは難しいかもしれません。
現代のレジリエンス研究は、多層的要因の統合モデルを目指しており、近年提唱された「Individual and Environmental Resilience Model (個人・環境レジリエンスモデル)」では、
環境要因(家族・学校・地域・文化)と個人要因(生物学的・行動的・認知的・情緒的領域)が共に関与し、それぞれの保護因子が組み合わさって逆境下の適応度を決めるとされています。研究によれば
単一の決定因子がレジリエンスを左右する度合いは小さく、むしろ幼少期の保護環境・健全な発達、現在の社会的支援網、パーソナリティとコーピングのスキルセットなどが複雑に絡み合ってレジリエンスを生み出すと考えられます。要因の重要性は文脈によっても異なり、例えば戦地の兵士に必要なレジリエンス要因と、貧困下で子育てする母親に必要な要因は異なる可能性があります。このように多面的視点で理解することが肝要であり、「人が本来持つ力」と「周囲から与えられる力」の両輪が揃って初めて高いレジリエンスが発揮されると言えるでしょう。
レジリエンスに関する科学的知見:脳・身体のメカニズム
レジリエンスの背景には、脳や体内でどのような変化・適応が起こっているのでしょうか。最新の研究は、脳の可塑性やストレスホルモン調節、神経伝達物質、遺伝子・エピジェネティクスなどの観点からレジリエンスの生物学的基盤を探っています。ここでは主な科学的知見を概説し、それぞれのエビデンスレベルと限界について触れます。
脳の可塑性とレジリエンス
脳の可塑性(ニューロプラスティシティ)とは、経験や環境に応じて脳の神経回路やシナプス結合が変化する性質です。ストレスは脳に可塑的変化を引き起こし得ます。例えば慢性的ストレスは海馬の神経新生を抑制し、シナプス密度を減少させることで学習記憶や気分調整に悪影響を与えることが知られています。実際、重度のうつ病患者では海馬容積の縮小が観察され、抗うつ薬で治療し寛解すると海馬体積が回復するとの報告もあります(エビデンス:MRI縦断研究など)。一方で
レジリエントな脳では、ストレスによる神経回路の変化に対し補償的な適応が起きている可能性があります。動物モデル研究がこの点を示唆しています。例えば社会的敗北ストレスモデルのマウスでは、ストレスに負けやすい個体(脆弱マウス)と負けにくい個体(レジリエント・マウス)が生まれます。このモデルで、脆弱マウスでは快感を司る中脳辺縁系(VTA-側坐核回路)のドーパミン神経の発火パターンが大きく乱れるのに対し、
レジリエント・マウスでは発火活動がほぼ正常範囲に保たれることが発見されました。さらにレジリエント・マウスの脳内では特定のカリウムイオンチャネル遺伝子が活性化し、ドーパミン神経の過剰な興奮を抑える方向に働いていたのです。これは、レジリエンスとは受動的にストレス被害が少ない状態というより、脳が能動的にストレスの影響を打ち消すプロセスであることを示唆します。
また注目されるのがシナプス可塑性を促す分子です。脳由来神経栄養因子(BDNF)は神経の成長やシナプス形成を助けるタンパク質で、ストレス応答と密接に関連します。慢性ストレスでBDNFが減少すると海馬や前頭前野での可塑性が損なわれますが、運動や抗うつ薬でBDNFが増加するとこれらが回復することが知られます(例えばケタミンによる急速抗うつ効果はBDNF分泌増加とシナプス数増加を介すると言われます)。
レジリエントな個体では脳内BDNFシグナルが効率的に働いている可能性があります。実験的にBDNFを増強する操作がレジリエンスに寄与するかも検証されています。Wangら(2018年、米国マウントサイナイ医科大学、マウス実験研究)は、慢性ストレスを受けたマウスに対しエピジェネティクス薬剤で脳のシナプス可塑性と炎症反応を調節したところ、ストレスによる社会回避行動が軽減しレジリエンスが高まったと報告しました。この研究ではシナプス関連遺伝子の発現と免疫経路の調節を同時に行うことで、ストレス悪影響を抑制できたと考察しています。こうした結果は、神経可塑性の促進がレジリエンス強化の一手段になり得ることを示しています。ただしヒトへの応用には注意が必要です。ヒト脳で同様の操作は容易でなく、また過剰な神経可塑性促進はてんかん発作など副作用リスクもあるため、安全で効果的な介入法を見出すには更なる研究が必要です。
興味深いことに、成人の脳でも新しいニューロンを生み出す「神経新生」がレジリエンスに関与する可能性があります。海馬の歯状回という部位では生涯を通じ新しい神経細胞が生まれますが、ストレスはこの成体海馬神経新生を抑制します。あるマウス研究では、敗北ストレス後に脆弱マウスで逆に新生ニューロンの異常な生存増加が見られ、これが不適応反応に関連する可能性が示唆されました(Lagaceら 2010年)。一方、最近の別の研究では海馬神経新生を人為的に増やすとマウスがストレスに対し抵抗性を示す(社会回避が減る)ことも報告されています(Anackerら 2018年)。結果は一致せず議論がありますが、適切な脳内新生ニューロンの調整がレジリエンス発現に寄与する可能性があります。エビデンスとしては動物研究段階であり(エビデンスレベル:中)、ヒトでの神経新生の測定は困難なため間接的知見しかありませんが、将来的に「脳の生まれ変わり力」を高めることがレジリエンス介入の標的になるかもしれません。
HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)とストレス反応
前述のように、HPA軸はストレス反応の中核をなす内分泌システムです。視床下部から放出されるコルチコトロピン放出ホルモン (CRH)が下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン (ACTH)分泌を促し、ACTHにより副腎皮質からコルチゾール(ヒトの場合)が産生されます。コルチゾールは全身に作用しエネルギー動員などストレス対処に寄与しますが、その後フィードバックにより視床下部・下垂体を抑制して自らの分泌を落ち着かせる仕組みがあります。レジリエンスの高低は、このHPA軸のフィードバック調節とも関連すると考えられます。すなわち、レジリエントな人はストレス後にコルチゾール値が速やかに基準値に戻り、軸の過剰な活性化やダラダラとした持続が起きにくい傾向が報告されています(エビデンス例:消防士や特殊部隊兵士の縦断研究で、PTSDを発症しなかった者はストレス時コルチゾール反応が適度に高く、その後低下も速かったとの報告など)。一方でPTSDや燃え尽き症候群では、慢性的にコルチゾール調節が乱れ、例えば朝のコルチゾール覚醒反応が平坦化したり、慢性ストレス下でコルチゾールがむしろ低下するような調節不全が生じるケースがあります(Yehudaらのトラウマ研究など)。こうした所見から、HPA軸の安定した作動がレジリエンスの生理学的一側面と言えます。
しかしHPA軸とレジリエンスの関係は一様ではなく、研究によって異なる結果も見られます。例えばある研究ではレジリエントな成人は日中のコルチゾール変動が適度に大きかった(ストレス刺激に対し充分反応し、その後低下)とされる一方、別の研究ではレジリエンスが高い青年ではストレス時のコルチゾール反応自体が低いと報告されたこともあります。違いの一因は研究対象(年齢・性別・職業など)やストレスの種類(急性 vs 慢性)、レジリエンスの測定法によります。現状、HPA軸指標はレジリエンスのバイオマーカーとして有望だが決定打ではないという評価です。事実、NPYやDHEAなどHPA関連の分子も提案されていますが、臨床応用には至っていません。
一方で、HPA軸を長期的に調節する遺伝・エピジェネティクスにも関心が集まっています。幼少期逆境体験(トラウマや虐待)はHPA軸関連遺伝子のエピジェネティックな変化(例えばグルココルチコイド受容体遺伝子のメチル化)を引き起こし、その人の一生のストレス反応性に影響を与える可能性があります。Yehudaらの研究(2016年、米国マウントサイナイ医科大学、コホート研究)では、ホロコースト生存者とその子供に特異的な遺伝子メチル化パターンが見られ、親世代の極限ストレスが子世代のHPA軸機能にまで痕跡を残しうることを示しました。これはトラウマの世代間伝達とも関連し注目を集めましたが、同時にレジリエンスの世代間伝達も研究テーマとなっています。すなわち、親が困難を乗り越えた経験やレジリエンス要因が子にポジティブな適応をもたらすかどうかです。この分野の研究はまだ始まったばかりであり、因果関係の証明は難しいですが、将来的にはエピジェネティクス介入(例えば環境改善によるメチル化パターン正常化など)がレジリエンス強化に役立つ可能性も考えられています。ただし現時点ではヒト対象のエビデンスは限定的で、観察研究が主であるため結論は慎重に解釈する必要があります。
神経伝達物質と脳内回路の適応
レジリエンスに関連する神経伝達物質としては、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、GABA/グルタミン酸など気分や覚醒、興奮を司る物質が注目されています。特にドーパミン神経系(脳内報酬回路)は、ストレス下での行動変容に深く関与します。前述のマウス社会敗北実験では、レジリエントなマウスでは報酬系のドーパミン神経活動が安定していたことを紹介しました。この結果は、レジリエンス=報酬系を維持する力とも言えます。実際、人間でも慢性ストレスやうつ状態では快感喪失(アネドニア)が起こりドーパミン系が機能低下しますが、レジリエントな人は趣味・活動への興味を保ち、ドーパミン系の働きが著しく落ち込まないと推測されます。
もう一つの重要な物質がセロトニンです。セロトニンは不安抑制や気分安定に関わり、遺伝子多型もレジリエンス研究で注目されてきました。代表例がセロトニントランスポーター遺伝子 (5-HTTLPR)の多型で、一般に短い変異(S型)はストレス時にうつ病リスクを高め、長い変異(L型)はリスクを下げると報告されました(Caspiら 2003年の有名な研究)。これはS型がセロトニン機能低下をもたらしストレス脆弱性を高めるためと解釈されました。ただ後の大規模研究ではこの効果はそれほど単純でないとの結果も出ており、現在では遺伝子と環境要因の相互作用(G×E)が強調されています。つまりセロトニン遺伝子の効果も、育った環境や他の保護要因によって現れたり相殺されたりします。総じて、レジリエンスは一つの遺伝子で決まるものではなく、多数の遺伝因子が少しずつ影響し合うポリジェニックな形質と考えられます。最新のゲノムワイド関連解析(GWAS)でも、レジリエンス自体の遺伝要因同定は難しいものの、関連する精神疾患リスクにHPA軸やモノアミン系の遺伝子群が関与することが示唆されています(例えばうつ病の大規模GWASではHPA軸関連遺伝子経路が有意に関連した)。
総じて、生物学的知見は「レジリエンスとは脳と体の様々なシステムが協調してストレスを乗り越えるプロセス」であることを示しています。脳内ネットワーク(報酬系、恐怖消去系、実行機能系など)から、ホルモン・自律神経、免疫系、そして腸内細菌叢や血液脳関門に至るまで、多岐にわたる要素がレジリエンスに関与すると提唱されています。ただしこの領域の研究の多くは動物モデルや関連研究であり、直接的な因果をヒトで証明するのは困難です。したがってエビデンスの信頼性評価としては「メカニズムの仮説段階」であり、これらの知見を人間のレジリエンス向上策に翻訳するにはさらなる検証が必要です。生物学的知見はレジリエンスの理解を深めますが、現場の介入としては心理社会的アプローチとの組み合わせが不可欠でしょう。