秩序破壊的・衝動制御・素行症群
最終更新日:2025.05.29
秩序破壊的・衝動制御・素行症群
秩序破壊的・衝動制御・素行症群(Disruptive, Impulse-Control, and Conduct Disorders)はDSM-5(2013年版)で新設されたカテゴリである。従来は別々の章に分類されていた児童期の行動障害(素行障害や反抗挑戦性障害など)と、衝動制御の障害(間欠性爆発症、放火症、窃盗症など)を一つのグループにまとめたものになる。
DSM-5の「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」に属する障害(例:反抗挑戦性障害〈ODD〉、間欠性爆発性障害〈IED〉、素行障害〈CD〉、放火症、窃盗症など)は、衝動的・攻撃的な行動や社会的規範からの逸脱行動を特徴とする点で共通している。具体的な行動には、他者との喧嘩や暴力、物の破壊、権威への反抗、盗み、虚偽、放火衝動などが含まれ、いずれも周囲の人々の安全や社会秩序に脅威を与える行為である。これらの問題行動は通常小児期から思春期にかけて出現し、年齢相応の一過性の反抗やいたずらを超えて持続・深刻化する場合に病的とみなされる。ほとんどのケースで男性に多く発現する(窃盗症のみ女性に多いとされる)。発達段階上みられうる一時的な反抗とは異なり、これらの障害では著しく頻繁で長期に及ぶ反社会的行動のパターンが認められ、家庭・学校・職場など複数の環境で問題を引き起こし、しばしば法的トラブルに発展する点に特徴がある。また、当人の苦痛や問題行動は外部(他者や社会)に向けられることが多く、これは内在化障害(例:うつ病・不安症など)で苦痛が自己に向かう場合と対照的である。要するに、本分類に属する障害は外在化問題(externalizing disorders)とも総称され、本人の衝動性や規範意識の欠如により周囲に直接的な影響・被害をもたらす点で共通基盤を持っている。
1980年のDSM-IIIで反抗挑戦性障害(Oppositional Defiant Disorder, ODD)が初めて独立の診断カテゴリとして定義された。同じくDSM-IIIでは素行障害(Conduct Disorder, CD)や間欠性爆発性障害(Intermittent Explosive Disorder, IED)、窃盗症(Kleptomania)、放火症(Pyromania)などの衝動制御障害も認められ、これらは「衝動制御障害(特定不能)」といった章に含まれていた。当時、ODDとCDは「小児期・青年期に通常初発する障害」の範疇に位置づけられていた。
DSM-5ではこれらが統合され、成人の反社会的人格障害(ASPD)も参考として併記される形で包括的に扱われるようになった。
♦ 反抗挑戦症(Oppositional Defiant Disorder, ODD)
A. 少なくとも6ヶ月以上持続する易怒的な気分、口論好き/挑発的な行動、または執念深さなどの情緒・行動上の様式が少なくとも6か月間は持続し、以下のカテゴリーのいずれか少なくとも4症状以上が、同胞以外の少なくとも1人以上の人物とのやり取りにおいて示される。
怒りっぽく/易怒的な気分:
(1) しばしばかんしゃくを起こす。
(2) しばしば神経過敏であり、またはいらいらさせられやすい。
(3) しばしば怒り、腹を立てる。口論好き/挑発的行動:
(4) しばしば権威ある人物や、または児童や青年の場合では大人と、口論をする。
(5) しばしば権威ある人の要求、または規則に従うことに積極的に反抗または拒否する。
(6) しばしば故意に人をいらだたせる。
(7) しばしば自分の失敗。または不作法を他人のせいにする。執念深さ:
(8) 過去6か月以内に少なくとも2回、意地悪で執念深かったことがある。
注: これらの行動の持続性および頻度は、それらが年齢相応の正常範囲の行動か症状的な行動かを区別するために用いられる。5歳未満の子どもでは(A8の例外を除き)こうした行動は少なくとも6ヶ月間ほとんど毎日生じる必要があり、5歳以上では(A8の例外を除き)少なくとも6ヶ月間にわたり週1回以上の頻度で生じる必要がある。これらの頻度基準は症状を定義するための最小限の指針にすぎない。そのため、個人の発達水準・性別・文化的背景に照らして、行動の頻度および強度が通常の範囲を超えているかどうかも考慮すべきである。
B. それらの行動による障害が本人または身近な他者(例:家族、仲間、職場の同僚)に苦痛を与えているか、社会的・学業的・職業的またはその他の重要な機能領域に悪影響を及ぼしている。
C. その行動は、精神症、物質使用症、抑うつ症または双極性症の経過中にのみ現れるものではない。また、重篤気分調節症(Disruptive Mood Dysregulation Disorder)の診断基準も満たさない。
D. 現在の重症度の指定:
軽度 (Mild): 症状が1つの状況(例:家庭、学校、職場、仲間内)のみで現れている。
中等度 (Moderate): 症状が少なくとも2つの状況で現れている。
重度 (Severe): 症状が3つ以上の状況で現れている。
反抗挑戦性障害が導入された背景には、より深刻な素行障害(Conduct Disorder)とは区別される、反抗的ではあるものの違法行為には至らない行動パターンを明確化する目的があった。
すなわち、ODDは従来素行障害の一部とみなされていた軽度な反抗的行動群を独立させたものであり、将来的に素行障害や反社会的行動へ進展する可能性のある子どもの問題行動を早期に捉える概念として位置づけらた。DSM-5では、新たに導入された重篤気分調節症(DMDD)との鑑別に注意が必要とされ、DMDDの基準を満たす持続的易怒性・かんしゃく発作を呈する場合にはODDと二重診断しないという注記が加えられている。DMDDは小児期の激しい気分不安定の診断であり、一部症状がODDと重なるため、DSM-5では両者の関係が考慮された形になっている。
♦ 素行症(Conduct Disorder, CD)
A. 他者の基本的権利、または年齢相応の主要な社会的規範または規則を侵害することが反復し持続する行動様式で、以下の15の基準のうち、どの基準群からでも少なくとも3つが過去12か月の間に存在し、基準の少なくとも1つが過去6か月の間に存在したことによって明らかとなる:
人および動物に対する攻撃性
(1) しばしば他人をいじめ、脅し、または威嚇する。
(2) しばしば取っ組み合いのけんかを始める。
(3) 他人に重大な身体的危害を与えるような凶器を使用したことがある(例:バット、割れた瓶、ナイフ、銃)。
(4) 人に身体的に残酷であった。
(5) 動物に対して身体的に残酷であった。
(6) 被害者の面前での盗みをしたことがある(例:人に襲いかかる強盗、ひったくり、強奪、凶器を使っての強盗)。
(7) 性行為を強いたことがある。
所有物の破壊
(8) 重大な損害を与えるために故意に放火したことがある。
(9) 故意に他人の所有物を破壊したことがある(放火以外)。
虚偽性や窃盗
(10) 他人の住居、建造物、または車に侵入したことがある。
(11) 物または好意を得たり、または義務を逃れるためにしばしば嘘をつく(例:他人をだます)。
(12) 被害者の面前ではなく、多分価値のある物品を盗んだことがある(例:万引き。ただし破壊や侵入のないもの、文書偽造)。
重大な規則違反
(13) 親の禁止にもかかわらず、しばしば夜間に外出する行為が13歳未満から始まる。
(14) 親または親代わりの人の家に住んでいる間に、一晩中家を空けたことが少なくとも2回、または長期にわたって家に帰らないことが1回あった。
(15) しばしば学校を怠ける行為が13歳未満から始まる。
B. その行動の障害は、臨床的に意味のある社会的、学業的、または職業的機能の障害を引き起こしている。
C. その人が18歳以上の場合、反社会性パーソナリティ症の基準を満たさない。
予後と関連障害
素行症は発症年齢によって予後が異なります。小児期発症型は予後不良と関連し、約3分の1の症例では成人期まで持続する。多くの場合、反社会性パーソナリティ症の診断基準を満たすようになる。また、素行症はしばしば反抗挑戦性障害(反抗挑戦症)から進展することがあり、ADHD(注意欠如多動症)の二次障害として発症することもある。
DSM-II(1968年)になり、児童期の行為上の問題に対する包括的カテゴリが設けられ、「小児期の行為障害 (Behaviour disorders of childhood)」という名称で初めて公式に診断分類に登場した。DSM-IIでは、その下位にいくつかの型(例:「攻撃的な素行障害」「社会化された素行障害」等)が含まれており、児童思春期の非行や問題行動全般を網羅していた。
DSM-III(1980年)では、素行障害が診断カテゴリーとして大きく再編された。DSM-IIIにおいて素行障害が明確に定義されるとともに、より軽度な反抗的行動パターンが「反抗挑戦性障害(ODD)」として分離された。これにより、小児期の問題行動は「素行障害(Conduct Disorder)」と「反抗挑戦性障害(Oppositional Defiant Disorder)」の二つに分けられ、それまで一括されていた攻撃的・反社会的な行為と、挑戦的・反抗的な態度とを区別して診断する枠組みが確立した。
♦ 間欠性爆発症(Intermittent Explosive Disorder, IED)
A. 以下のいずれかに現れる攻撃的衝動の制御不能に示される、反復性の行動爆発。
(1)言語面での攻撃(例:かんしゃく発作、激しい非難、言葉での口論や喧嘩)、または所有物、動物、他者に対する身体的攻撃性が3か月間で平均して週2回起こる。身体的攻撃性は所有物の損傷または破壊にはつながらず、動物または他者を負傷させることはない。
(2) 所有物の損傷または破壊、および/または動物または他者を負傷させることに関連した身体的攻撃と関連する行動の爆発が12か月間で3回起きている。
B. 反復する爆発中に表出される攻撃性の強さは、挑発の原因またはきっかけとなった心理社会的ストレス因とはひどく釣り合わない。
C. その反復する攻撃性の爆発は、前もって計画されたものではなく(すなわち、それらは衝動的、および/または、怒りに基づく)、なんらかの現実目的(例:金銭、権力、威嚇)を手に入れるため行われたものではない。
D. その反復する攻撃性の爆発は、その人に明らかな苦痛を生じるか、職業または対人関係機能の障害を生じ、または経済的または司法的な結果と関連する。
E. 暦年齢は少なくとも6歳である(またはそれに相当する発達水準)。
F. その反復する攻撃性の爆発は、他の精神疾患(例:うつ病、双極性障害、重篤気分調節症、精神病性障害、反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害)でうまく説明されず、他の医学的疾患(例:頭部外傷、アルツハイマー病)によるものではなく、または物質の生理学的作用(例:乱用薬物、医薬品)によるものでもない。6~18歳の子どもでは、適応障害の一部である攻撃的行動には、この診断を考慮するべきではない。
注:この診断は、反復性の衝動的・攻撃的爆発が、以下の障害において通常みられる程度を超えており、臨床的関与が必要なである場合は、注意欠如・多動症、素行症、反抗挑発症、自閉スペクトラム症に追加することができる。
DSM-IIIで「間欠性爆発性障害 (Intermittent Explosive Disorder)」が衝動制御障害の一つとして初めて独立カテゴリーに位置づけられた。これにより、明らかな原因なく繰り返される突発的な攻撃行為が一つの精神障害単位として認識されるようになった。
DSM-IIIの診断基準では、他の精神障害(例えば反社会的人格障害や統合失調症など)では説明できない離散的な攻撃衝動の爆発エピソードを主要特徴とし、その結果として他者に深刻な暴行を加えたり物を破壊したりすることが規定さた。
さらにDSM-IIIでは、この診断を適用するにあたり反社会的人格障害や全般的な攻撃性・衝動性が存在しないことを除外条件としていた。これは、人格全体にわたる反社会性ではなく、あくまで一過性の衝動コントロールの失陥であることを強調するためだった。
♦ 窃盗症 (Kleptomania)
A. 個人用に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
B. 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C. 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D. その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
E. その盗みは、素行症、躁エピソード、または反社会性パーソナリティ症ではうまく説明されない。
必要のないものを盗みたいという衝動を反復的に抑制できない障害。1816年に初めて記述された古い概念であり、19世紀には放火癖と並んで病的衝動行為の代表例として精神医学で議論された経緯がある。分類学上の歴史を辿ると、DSM-I(1952年)では放火癖と同様、明示的な診断名としての窃盗症は記載されていなかった。しかし、DSM-Iの「強迫性反応」の中で病的窃盗が含意されていた可能性があり、臨床的には人格障害や強迫神経症の一症状として捉えられていたと考えられる。
DSM-II(1968年)でも、窃盗症は独立カテゴリーとしては登場しなかった。窃盗行為それ自体は反社会的行動の一部として扱われ、特定の診断ラベル(クレプトマニア)は付されなかったと考えられる。これがDSM-III(1980年)で大きく変わり、「窃盗症(Kleptomania)」がImpulse-Control Disordersの一つとして公式に認められた。DSM-IIIのクレプトマニアの定義は、「個人的に必要でない物品を盗みたいという抗し難い衝動が繰り返し生じる」ことであり、その行為は緊張の高まりに先行され、盗んだ際に快感や満足を得るものの、怒りや復讐が動機ではなく、また常習的な窃盗犯とも異なる、とされた。