双極症及び関連症群
最終更新日:2025.05.13
双極症及び関連症群
ドイツの精神科医エミール・クレペリン(1856–1926)は、当時知られていた様々な躁病・鬱病の型を統合し、「躁鬱病(躁うつ病)」と呼ばれる包括的な疾患単位を提唱しました。クレペリンの「躁鬱病」(manic-depressive insanity)のカテゴリは非常に広く、軽症から重症までの躁および鬱の状態を含み、現在でいう単極性うつ病(大うつ病性障害)も含むものでした。すなわちクレペリンは、ファルレらの提唱した躁鬱病と、それまで別疾患とされていたメランコリー(鬱病)を一つの連続した疾患概念にまとめ上げたのです。クレペリンの単一疾患モデルは当初批判も受けましたが、その後20世紀の精神医学に大きな影響を与え、躁鬱病は統合失調症(当時の早発性痴呆)とは別系統の主要疾患として位置付けられました。
20世紀中頃まで、クレペリンの広範な躁鬱病概念に対し、「うつ病単独の病型」(単極性うつ)を分ける見解も現れ、診断分類上も議論が続きました。アドルフ・マイヤーらの影響で、アメリカ精神医学会の初期の診断基準(DSM-I 1952年)では、クレペリンの躁鬱病は細分化され、「躁病」「抑うつ病」「その他(混合型)」の3分類に分けられました。1968年のDSM-IIでは「躁うつ病」という名称が用いられ、「循環型」という躁鬱両方の発作を経験する型が定義されました。1980年刊行のDSM-IIIにおいて、初めて「双極性障害」という名称が導入され, 従来のうつ病(単極性)とは明確に分離されました。このDSM-III以降、現代的な診断基準が整備され、双極性障害は独立した診断カテゴリーとなりました。
まず躁エピソード、軽躁エピソード、抑うつエピソードを示します。
躁エピソード
A. 気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。加えて、異常にかつ持続的に亢進した活動または活力がある。このような普段とは異なる期間が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する(入院治療が必要な場合はいかなる期間でもよい)。
B. 気分の混乱と活動または活力が亢進した期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)(気分が易怒的のみの場合は4つ)が有意の差をもつレベルに示され、普段の行動とは明らかに異なった変化を象徴している。
- 自尊心の肥大、または誇大
- 睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)
- 普段より多弁であるか、しゃべり続けようとする切迫感
- 観念奔逸、または思考が疾駆しているといった主観的な体験
- 注意散漫性(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)が報告される、または観察される。
- 目標指向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動興奮(すなわち、意味のない非目標指向性の活動)
- 困った結果につながる可能性が高い活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた事業への投資などに専念すること)
C. この気分の混乱は、社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしている、
あるいは自分自身または他人に害を及ぼすことを防ぐため入院が必要であるほど重篤である、
または精神症性の特徴を伴う。
D. 本エピソードは、物質(例:乱用薬物、医薬品、または他の治療)の生理学的作用、
または他の医学的状態によるものではない。
注: 抗うつ治療(例:医薬品、電気けいれん療法)の間に生じた完全な躁エピソードが、
それらの治療により生じる生理学的作用を超えて十分な症候群に達してそれが続く場合は、
躁エピソード、すなわち双極症Ⅰ型の診断とするのがふさわしいとする証拠が存在する。
注: 基準 A〜D が躁エピソードを構成する。
少なくとも生涯に一度の躁エピソードがみられることが、双極症Ⅰ型の診断には必要である。
軽躁エピソード
A. 気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的である。加えて、異常にかつ持続的に亢進した活動または活力がある。普段とは異なる期間が、少なくとも4日間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する。
B. 気分の高揚と活動または活力が亢進した期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)(気分が易怒性のみの場合は4つ)が持続しており、それは有意の差をもつレベルで示され、普段の行動とは明らかに異なる変化を示している。
- 自尊心の肥大、または誇大
- 睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)
- 普段より多弁であるか、しゃべり続けようとする切迫感
- 観念奔逸、または思考が疾駆しているといった主観的な体験
- 注意散漫性(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)が報告される、または観察される。
- 目標指向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動興奮(すなわち、意味のない非目標指向性の活動)
- 困った結果につながる可能性が高い活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた事業への投資などに専念すること)
C. 本エピソード中は,症状のないときのその人固有のものではないような,疑う余地のない機能の変化と関連する。
D. 気分の混乱や機能の変化は,他者から観察可能である。
E. 本エピソードは,社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしたり,または入院を必要とするほど重篤ではない。
もし精神症性の特徴を伴えば,定義上,そのエピソードは躁エピソードとなる。
F. 本エピソードは,物質(例:乱用薬物,医薬品,あるいは他の治療)または他の医学的状態の生理学的作用によるものではない。
注:抗うつ治療(例:医薬品,電気けいれん療法)の間に生じた完全な軽躁エピソードが,それらの治療により生じる生理学的作用を超えて十分な症候群に達して,それが続く場合は,軽躁エピソードと診断するのがふさわしいとする証拠が存在する。しかしながら,1または2つの症状(特に,抗うつ薬使用後の,易怒性,いらいら,または焦燥)だけでは軽躁エピソードとするには不十分であり、双極性の素因を示唆するには不十分であるという点に注意を払う必要がある。
注:基準A~Fにより軽躁エピソードが構成される。軽躁エピソードは双極Ⅰ症型ではよく見られるが、双極症Ⅰ型の診断には必ずしも必要ない。
抑うつエピソード
A. 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の昨日からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに他の医学的状態に起因する症状は含まない。
(1)その人自身の言葉(例:悲しみ,空虚感,または絶望感を感じる)か,他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される,ほとんど1日中,ほとんど毎日の抑うつ気分(注:児童や青年では易怒的な気分もありうる)
(2)ほとんど1日中,ほとんど毎日の,すべてのまたはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明,または他者の観察によって示される)
(3)食事療法をしていないのに,有意の体重減少または体重増加(例:1カ月で体重の5%以上の変化),またはほとんど毎日の食欲の減退または増加(注:児童の場合,期待される体重増加がみられないことも考慮せよ)
(4)ほとんど毎日の不眠または過眠
(5)ほとんど毎日の精神運動興奮または制止(他者によって観察可能で,ただ単に落ち着きがないとか,のろくなったという主観的感覚ではないもの)
(6)ほとんど毎日の疲労感,または気力の減退
(7)ほとんど毎日の無価値感,または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめること,または病気になったことに対する罪悪感ではない)
(8)思考力や集中力の減退,または決断困難さがほとんど毎日認められる(その人自身の言葉による,または他者によって観察される)
(9)死についての反復思考(死の恐怖だけではない)特別な計画はないが反復する自殺念慮、はっきりとした自殺計画,またははっきりとした自殺企図
B.その症状は臨床的に意味のある苦痛または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
C.そのエピソードは物質の生理学的作用,または他の医学的状態によるものではない。
注:診断基準A〜Cにより抑うつエピソードが構成される。抑うつエピソードは双極症Ⅰ型でしばしばみられるが,双極症Ⅰ型の診断には必ずしも必須ではない。
注:重大な喪失(例:親しい者との死別,経済的破綻,災害による損失,重篤な医学的状態・障害)への反応は,基準Aに記載したような強い悲しみ,喪失の反応,不眠,食欲不振,体重減少を含むことがあり,抑うつエピソードに類似している場合がある。これらの症状は,喪失に際し生じることは理解可能で,適切なものであるかもしれないが,重大な喪失に加えて,抑うつエピソードの存在も入念に検討するべきである。その決定には,喪失についてどのように苦痛を表現するかという点に関して,各個人の生活史や文化的規範に基づいて,臨床的判断を実行することが不可欠である。
この3つのエピソードをもとに以下の各疾患が構成されます。
♦双極症Ⅰ型
A. 少なくとも1つ以上の躁エピソードに該当したことがある。
B. 少なくとも1回の躁エピソードが統合失調感情症によってうまく説明されない。なおかつその躁エピソードは、統合失調症、統合失調様症、妄想症、または統合失調スペクトラム症及び「他の精神症、他の特定される」または「他の精神症、特定不能」に重畳したものではない。
♦双極症Ⅱ型
A. 少なくとも1つの軽躁エピソードに該当し、加えて少なくとも1つの抑うつエピソードに該当したことがある。
B. 過去、躁エピソードがない。
C. 軽躁エピソードと抑うつエピソードの発症が、統合失調感情症、統合失調症、統合失調様症、妄想症、または「統合失調スペクトラム症及び他の精神症、他の特定される」または「統合失調スペクトラム症及び他の精神症、特定不能」ではうまく説明されない。
D. 抑うつの症状、または、抑うつと軽躁を頻繁に交代することで生じる予測不可能性が、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
♦気分循環症
A.少なくとも2年間(児童および青年の場合は少なくとも1年間)にわたって,軽躁症状を伴うが軽躁エピソードの基準は満たさない多数の期間と,抑うつ症状を伴うが抑うつエピソードの基準は満たさない多数の期間が存在する。
B.上記2年間の期間中(児童および青年の場合は1年間),少なくとも半分は基準Aの症状を伴う期間があり,症状がなかった期間が一度に2カ月を超えない。
C.抑うつエピソード,躁エピソード,または軽躁エピソードの基準は満たしたことがない。
D.基準Aの症状は,統合失調感情症,統合失調症,統合失調様症,妄想症,または「統合失調スペクトラム症及び他の精神症,他の特定される」または「統合失調スペクトラム症及び他の精神症,特定不能」ではうまく説明されない。
E.症状は,物質(例:乱用薬物,医薬品)または他の医学的状態(例:甲状腺機能亢進症)の生理学的作用によるものではない。
F.症状は,臨床的に意義のある苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
DSM-IVでは各疾患グループの最後に「特定不能(Not Otherwise Specified, NOS)」と呼ばれる分類が設けられ、基準を満たさない症例の受け皿となっていました。DSM-5ではこのNOS分類を廃止し、「他の特定される(Other Specified)」と「特定不能の(Unspecified)」の2つに再編されています。この変更は分類学的理由(ICDとの整合性向上)と臨床的必要性の両面から導入されたものです。
臨床的背景:一部の患者は明確な診断基準を満たさなくても双極性障害の特徴的症状に苦しんでおり、診断名がないと適切な治療や保険適用の裏付けが困難です。例えば軽躁症状を示すが期間や症状数がわずかに足りず双極I型・II型のどちらにも当てはまらないケースでも、症状が臨床的に有意なら診断と介入が求められます。「他の特定される」「特定不能」のカテゴリは、そうした基準未満だが看過できない症例に診断名を与えるために必要とされました。特に急性期治療や医療費請求の場面では何らかの診断が不可欠であり、この枠組みが臨床家の助けとなります。例えば「他の特定される」については以下のような例があります。
短期間の軽躁病エピソード(2~3日間)と大うつ病エピソード: 軽躁症状が通常の4日間基準に満たない短期間ながら、終生に少なくとも1回の大うつ病エピソードがあるケース。例えば2~3日続く軽躁状態を繰り返す患者はここに該当しうる。
症状不十分の軽躁病エピソード(軽躁症状の項目数がわずかに足りない)と大うつ病エピソード: 気分高揚や易刺激性は4日以上続くものの、付随症状の数が基準に1~2つ欠けているため軽躁病エピソードとみなされない場合。それでも大うつ病エピソードが併存し、臨床的に双極スペクトラムと考えられるケースです。
先行する大うつ病エピソードのない軽躁病エピソード: かつて明らかな大うつ病相を経験していないものの、軽躁病エピソードのみ現れているケース。双極II型障害の診断にはうつ病相が必要なため、それが無い段階では正式診断できず本カテゴリに含めます。
短期間の気分循環症(24か月未満): 症状が気分循環性障害のパターンに合致するが、症状の持続期間が基準(成人で2年以上、小児で1年以上)に達していない場合。
分類学的背景:DSM-5は各障害群の末尾に上記2カテゴリを設け、可能な場合は「具体的理由を示す」診断名、困難な場合は「理由を特定しない」診断名を使うルールにしました。これは従来NOSに属していた多様な症例をより明確に伝達し、臨床的有用性を高める目的があります。実際、「他の特定される○○障害」は診断名中に基準を満たさない理由を括弧書きで付記でき、診断精度の向上につながります。一方「特定不能」は理由を示さず暫定診断として用いる選択肢を提供し、情報不足時の柔軟性を担保します。このように2分類に分けたのは、旧来NOSが“便宜的なごみ箱診断”になりがちだった反省によるものです。