メンタルクリニック下北沢

神経発達障害群

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最終更新日:2025.05.11

神経発達障害群

 

幼児期・小児期に発症し、中枢神経系の生物学的成熟と密接に関係した機能発達の障害あるいは遅滞。
個人的、社会的、学業、職業における機能障害をもたらす。
主な障害として
知的能力障害、コミュニケーション症群、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、神経発達運動症群、限局性学習症などが挙げられる。

 

♦知的能力障害(知的発達症)

いわゆる全般的知的機能の欠陥があり、それらが発達期に発現している。また
以下3領域における適応機能の欠陥がみられる。
概念的(学問的)領域 『記憶、言語、読字、書字、数学的思考、実用的知識など』
社会的領域 『他者の思考、感情、体験を認識すること、共感、対人的コミュニケーション技術、友情関係を築く、社会的判断など』
実用的領域 『セルフケア、仕事の責任、金銭管理、娯楽、行動の自己管理、学校と仕事の課題の調整など』

DSM-5 (2013)では約60年使用されてきた「精神遅滞(mental retardation)」という用語は差別的との理由から変更され、名称が知的能力障害(知的発達障害)に変更されました。2010年の米国連邦法(ローザ法)により公式にも置き換えられました。DSM-5では知能のみならず適応機能の評価が重視され、日常生活への適応の困難さに基づいて軽度・中等度・重度・最重度を判定します。IQ値の目安は参考指標に留め、適応行動の障害水準によって重症度を判断する点がDSM-IVまでと異なります。例えばDSM-IVまではIQ 70未満が一つの目安でしたが、DSM-5では知能検査値が70付近でも適応機能の障害が著しければ知的障害と診断され得るという柔軟な運用になっています。

 

♦自閉スペクトラム症

複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥がある。以下3項目。

 

⑴ 相互の対人的ー情緒的関係の欠落で、対人的に異常な近づき方や通常の会話のやり取りのできないこと、興味、情動、感情を共有することの少なさ、
  社会的相互反応を開始したり応じたりすることが難しい。

⑵ 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥。まとまりの悪い言語的、非言語的コミュニケーション、視線を合わせること、身振りの異常、
  身振りの理解、その使用の欠陥、顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥。

⑶ 人間関係を発展、維持、理解することの欠陥。社会的状況にあった行動に調整することの困難、想像上の遊びを他者と楽しむ、仲間に対する興味の欠如。

 

行動、興味、活動の限定された反復的な様式で、現在または病歴によって、以下4項目のうち少なくとも2項目該当。

⑴ 常同的または反復的な身体の運動、物の使用、会話。
⑵ 同一性への固執、習慣へのこだわり、言語的非言語的な儀式的行動様式
⑶ 強度、または対象において異常なほどきわめて限定され執着する興味
⑷ 感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、環境の感覚的側面に対する並外れた興味。

 

20世紀前半(1920 年代)、自閉に似た症状を示す児童の報告は散見された。特にレオ・カナー(Leo Kanner)は1943年に「情緒的交流の自閉的障害」を記載し、生涯早期からの社会性の欠如と「同一性保持」(変化への抵抗)を主要特徴としました。一方、同時期にハンス・アスペルガーも言語能力を伴う「自閉的精神病質」(1944 年)を報告し、両者の概念は後に「自閉症スペクトラム」という枠組みで統合される礎となりました。

DSM-I (1952) および DSM-II (1968): いずれも自閉症を独立した診断名としては収録していませんでした。当時、自閉的な症状を示す幼児は小児期精神病(小児期の統合失調症)として扱われており、DSM-Iでは「小児期の統合失調症反応」、DSM-IIでは「統合失調症(小児期型)」の一部で自閉症状が言及されるにとどまりました。つまり、1950-60年代は自閉症は統合失調症の亜型という位置づけで、精神分析的には親子関係の問題など心因論的な理解が主流でした。

DSM-5のASD診断基準: 大きく二つの中核症状領域に基づいています。(1) 社会的コミュニケーションおよび対人的相互作用の持続的欠如、(2) 限定された反復的な行動・興味・活動の様式です。これらの症状が幼少期から存在し、日常生活に支障をきたす場合にASDと診断されます。

 

♦注意欠如・多動症

⑴⑵の少なくとも一方が6項目以上(17歳以上は5項目以上)該当する

 

不注意症状
a 学業、仕事、他の活動中にしばしば綿密に注意することができない。不注意な間違いをする。
b 課題または遊びの活動中に注意持続が困難。
c 直接話しかけられたときに聞いていないように見える。
d 指示に従えず、学業、用事、職場での義務をやり遂げることができない。
e 課題、活動を順序だてて行うことが困難。
f 精神的努力の持続を要する課題に従事する事を避ける、嫌がる。
g 課題、活動に必要なものをしばしばなくしてしまう。
h 外的な刺激で気が散ってしまう。
i 日々の活動で忘れっぽい。

 

多動性および衝動性
a 手足をソワソワ動かす、とんとんたたく、椅子の上でもじもじする。
b とどまる必要があるのに離席。
c 不適切に走り回る、高いところに上る。
d 静かに遊んだり余暇活動につくことができない。
e じっとしていない。
f しゃべりすぎる。
g 質問が終わる前に出し抜いて答え始める。
h 自分の順番を待つことが困難。
i 他人を妨害、邪魔をする。

症状は12歳以前からいくつか存在し、家庭、学校など複数の状況でみられる。

 

18世紀末から過活動・不注意を伴う児童の記載はあり、クリクトン(1798 年)からスティル(1902年)まで連なる記録があります。しかし現代的なADHD概念は20世紀後半に形成されました。

DSM-I (1952): DSM-Iには明確にADHDに該当する診断カテゴリーは存在しませんでした。当時、落ち着きのない子どもや多動の症候群は主に「最小脳機能不全(minimal brain dysfunction)」などの概念で説明されていました。
DSM-II (1968): 小児期の多動症状の障害が初めて公式に登場し、「小児期の多動症(過度の運動性)」として「多動性反応 (Hyperkinetic Reaction of Childhood)」の名称で記載されました。この診断名が示す通り、当初は過剰な活動(多動)に主眼が置かれており、不注意については強調されていませんでした。
DSM-III (1980):
症候概念が大きく再構築され、「注意欠陥障害 (Attention Deficit Disorder; ADD)」の名称で注意力の欠如と衝動性・多動を含む障害として定義されました。DSM-IIIではADDに「多動を伴う」「多動を伴わない」の下位分類が設けられ、不注意優勢か多動優勢かで診断上区別していました。
DSM-III-R (1987):
障害名が「注意欠陥/多動性障害 (Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder; ADHD)」に変更されました。この際、DSM-IIIで存在した「多動を伴わないADD」のサブタイプが除外され、注意欠陥と多動・衝動を統合した単一のADHD診断となりました。
DSM-IV (1994):
ADHDの名称は維持しつつ、新たに3つの下位類型(不注意優勢型多動性/衝動性優勢型混合型)が導入されました。各サブタイプは不注意症状と多動-衝動症状のどちらが著名かによって診断され、DSM-III-Rで一括りにされたADHDに再び多様性が持たされました。加えてDSM-IVでは症状の一部が7歳以前に現れていることが診断要件と定められました。

DSM-5 (2013): ADHDの下位類型はそのまま維持されましたが「~の種類(Type)」から「~の提示型(Presentation)」へ用語が変更されました(例:「ADHD混合型」は「混合型の提示を示すADHD」)。また診断基準A~Eにいくつか改訂が行われています。なおDSM-5からは、ADHDは発達障害の章(神経発達障害群)に含められています(DSM-IVまでは「小児期に初めて診断される障害」章に位置していた)。この移動はADHDが生物学的基盤を持つ神経発達症であること、およびDSM-5で発達障害の章を独立させた再編成によるものです。