メンタルクリニック下北沢

お知らせ

ホーム > お知らせ > 院からのお知らせ > 抗うつ薬の有効性および忍容性について

2025.03.23

抗うつ薬の有効性および忍容性について

うつ病は世界的に見ても多くの人が経験しうる疾患で、生涯有病率は調査によって3%から16%と報告されています。症状によっては日常生活に深刻な支障をきたし、WHO(世界保健機関)によれば人類の健康を損なう主要な原因の一つとも位置付けられています。現在までに国内外で数十種類の抗うつ薬が開発・使用されていますが、それらの効果や適切な使い方について多くの研究が行われてきました。うつ病の治療法には薬物療法と精神療法がありますが、認知行動療法(CBT)などの心理療法は効果が期待できても専門家による長期の対応が必要で、人的・時間的コストの面で制約があります。そのため現実には抗うつ薬による治療が世界的に広く行われており、医療者・患者双方にとって抗うつ薬の効果に関する正確な情報が重要です。ここでは抗うつ薬の有効性や選び方、治療継続のポイントについて、主要な研究結果に基づき解説します。

抗うつ薬は本当に効くのか?(大規模メタ解析の結果)

抗うつ薬は気分を改善させる薬ですが、「本当に効くのか」と不安に思う方もいるかもしれません。この点については、近年の大規模な研究が確かなエビデンスを示しています。オックスフォード大学のCiprianiら(2018年)が医学誌『Lancet』に発表したネットワーク・メタ解析では、世界各国で実施された合計522件・延べ11万6千人以上の成人を対象とする臨床試験データが包括的に分析されました。その結果、対象となった21種類すべての抗うつ薬がプラセボ(偽薬)よりも有意に高い有効性を示すことが確認されています。言い換えると、抗うつ薬は総じてプラセボより確かな効果があるということです。

このメタ解析では薬剤ごとの効果の強さや、副作用による中止率(忍容性)も比較されました。効果指標である反応率(症状改善の割合)のオッズ比は、もっとも高かったアミトリプチリン(三環系抗うつ薬、古い世代の薬)で2.13、逆に低かったレボキセチン(日本未発売)で1.37でした。ただし、この範囲にあるすべての薬が「プラセボより有効」である点は変わりません。また、副作用による治療中止率については薬剤間で差がみられ、アゴメラチンフルオキセチンではプラセボより中止率が低く、逆にクロミプラミンではプラセボより中止率が高いという結果でした。名前を挙げた薬剤には日本で使用経験が少ないものも含まれますが、日本で現在広く使われている抗うつ薬の中ではエスシタロプラム(SSRIと呼ばれる新しいタイプの抗うつ薬、商品名レクサプロ)が効果と副作用のバランスが良く、使いやすい部類に入るとされています。実際、Ciprianiらの分析でもエスシタロプラムを含む複数の薬剤が総合的に優れた成績を示しました。こうした大規模解析により、抗うつ薬の有効性に関するエビデンスがより強固になったと言えるでしょう。

抗うつ薬ごとの違いと薬の選び方

上記のように、抗うつ薬は概して高い有効性がありますが、薬ごとに効き方や副作用の出やすさに違いがあるのも事実です。ただし、有効性に関してその差は比較的小さいことがわかっています。例えばGartlehnerら(2011年)が報告したメタ解析では、新しい世代の抗うつ薬(SSRIやSNRIなど)の間で治療効果に有意な差はほとんど認められないと結論づけられました。Ciprianiらのネットワーク解析でも一部の薬剤にわずかな優劣はついたものの、これらの差は臨床的に大きな意味を持つものではなく、基本的には「どの抗うつ薬も一定の効果が見込める」ことに変わりありません。

では実際の治療で抗うつ薬を選択する際、何を基準にすれば良いのでしょうか。主なポイントとして次のような点が挙げられます。

  • 副作用の違い:効果が強くても副作用が重い薬は継続しづらくなります。患者さんごとに許容できる副作用の種類や程度(例:眠気、体重増加、性機能への影響など)を考慮します。

  • 相互作用や安全性:他に服用している薬との相互作用(飲み合わせ)の有無や、安全性(特に過量服用時のリスク)も重要です。例えば、三環系抗うつ薬は過量に服用すると重篤な不整脈を起こす危険があり、慎重な使用が必要です。

  • 患者さんの希望と過去の経験:以前によく効いた薬があればそれを優先し、逆に試して副作用が強かった薬剤は避けます。患者さん自身の体験や希望も薬選びにおいて重要です。

  • 症状や併存症への適合:不眠が強い場合には鎮静作用のある薬を選ぶ、慢性的な痛みを伴う場合には疼痛緩和効果のあるデュロキセチンを検討するといったように、各患者さんの症状の特徴や他の疾患に合わせて薬剤を選択します。

このように様々な要因を総合的に判断し、医師は患者さん一人ひとりに合った抗うつ薬を選んでいきます。効果だけでなく副作用や安全性も含めてバランスよく考えることが、治療を成功させる鍵となります。

効果が出ない場合の治療戦略(STAR*D試験)

抗うつ薬は有効な治療法ですが、すべての患者さんで最初の一種類だけで十分な効果が得られるとは限りません。では薬を変更したり追加したりする価値はあるのでしょうか? この問いに関して指針となるのが、米国で行われた大規模臨床研究STAR*D(スター・ディー)試験です。STAR*D試験(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)は2000年代にアメリカの国立精神衛生研究所(NIMH)主導で実施され、うつ病に対する複数段階の治療戦略(逐次治療)の有効性を検証しました。

この試験ではまず第一段階の治療としてあるSSRI系抗うつ薬を一定期間投与し、症状が十分に改善しなかった患者に対して第二段階として別の抗うつ薬への切り替えや、抗うつ薬に別の薬を加える増強療法を行いました。さらに改善が不十分な場合は第三段階、第四段階と段階的に治療を進めています。その結果、第一段階の治療で寛解(症状がほぼ消失)に至ったのは全体の約3割にとどまりましたが、治療を諦めず第二段階・第三段階と進めることで寛解率は累積的に上昇しました。具体的には:

  • 第1段階: SSRIによる治療で約30%の患者が寛解を達成

  • 第2段階: 薬の変更や増強療法により、累計で約50%の患者が寛解

  • 第3段階: 累計で約60%の患者が寛解

  • 第4段階: 累計で最終的に約67%(3人に2人)の患者が寛解を達成

この結果から、最初の抗うつ薬で十分な効果が得られなくても悲観する必要はなく、別の薬に切り替えたり増強療法を行うことで、多くの患者さんが最終的に症状の寛解に至る可能性があることが示されました。ただし、段階が進むにつれて治療のドロップアウト(中断)率が高まる傾向も報告されており、副作用の蓄積やモチベーション低下により治療継続が難しくなる場合もあります。主治医と十分に相談しながら、現実的に可能な範囲で治療を続けていくことが大切です。

寛解後の治療継続:再発を防ぐには

治療によってうつ病の症状が改善し寛解に至った後、「もう良くなったから薬をやめたい」と感じる方もいるでしょう。しかし、寛解直後に治療を中断すると再発(症状のぶり返し)のリスクが高まることがわかっています。イギリスのGeddesら(2003年)の研究では、抗うつ薬による維持療法が再発予防に及ぼす効果を調べるため、寛解後に薬を継続する群と中止する群を比較しました。その結果、抗うつ薬の継続投与は再発リスクを約70%低減させることが示されました。実際、1年以内の再発率は薬を中止した群で41%でしたが、継続した群では18%にとどまりました。このように治療継続によって得られる予防効果は大きく、著者らは寛解後も少なくとも半年から1年程度は薬を続けることを推奨しています。特に再発を繰り返しているケースでは、より長期間の維持療法も検討されます。

まとめ

抗うつ薬はエビデンスに裏付けられた有効な治療手段であり、適切に用いることで多くの患者さんの症状改善に寄与します。薬剤間の効果の差は比較的小さいものの、副作用プロフィールや患者さん個々の状態に応じて最適な薬は異なります。治療初期に効果が不十分でも複数の選択肢が存在し、適切な戦略を取ることで寛解に至る可能性が高まります。また、症状が改善した後も医師の指示のもと一定期間治療を継続することで、再発を防ぎ安定した回復につなげることができます。抗うつ薬による治療は、患者さんと医療者の信頼関係に基づき、科学的根拠に沿って計画的に進めていくことが重要です。

うつ病の治療は時間がかかることもありますが、科学的根拠に基づいた最適な治療を続けていくことで、必ず改善に向かう可能性が高まります。困ったことや不安な点があれば遠慮なく主治医に相談し、適切なサポートを受けながら治療に取り組むことが大切です。