メンタルクリニック下北沢

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2025.03.12

脳とこころを動かす「運動」の力――認知機能からメンタルヘルスまで

現代社会の高齢化に伴い、もの忘れや集中力の低下、あるいは気分の落ち込みなどに悩む方が増えています。こうした症状への対策として、薬に頼るだけではなく、「運動」というアプローチが注目を集めていることをご存じでしょうか。実際、近年の研究では、定期的な運動習慣が脳の働きと心理状態を多方面から改善する可能性が示唆されています。本コラムでは、運動が認知機能や心理的ウェルビーイングに与える影響、さらに実践にあたってのポイントをわかりやすく解説します。

運動が脳に及ぼす仕組みと認知機能の変化

神経可塑性を高める可能性

「神経可塑性」とは、脳が新しい刺激に応じて柔軟に構造や働きを変化させる能力のことです。有酸素運動を継続すると脳血流が促進され、特に前頭前皮質や海馬と呼ばれる領域で神経細胞の増殖(神経新生)やシナプス連結が強化されると考えられています。
あるfMRI研究では、

軽度認知障害(MCI)の患者が6か月間の高強度有酸素運動を続けた結果脳の前頭葉―頭頂葉ネットワークの機能的なつながりが3割以上増加していました(Baker ら 2010)。さらに、脳の可塑性を高める物質であるBDNF(脳由来神経栄養因子)が平均1.2ng/mL上昇し、神経伝達物質アセチルコリンの働きも改善したとの報告があります。

認知機能の具体的な改善

継続的な運動は、下記のように複数の認知領域を幅広くサポートします。

  • グローバル認知機能: 改訂版MMSE(3MS)のスコアが平均2.8ポイント向上(95%信頼区間1.4~4.2)。
  • 実行機能: たとえば、「Trail Making Test Part B」では、課題完遂までの時間が約18.7秒短縮
  • 言語流暢性: 言葉をどれだけ素早く多く生み出せるかを測る「Verbal Fluency Test」が1分あたり2.3語増加
  • 記憶力(エピソード記憶): 「Rey Auditory Verbal Learning Test」遅延再生の成績が1.8項目改善

これらの成果は特に

心拍数予備能(HRR)の60~80%程度という中等度~やや高強度の運動を、

週3回以上・1回30~45分継続することで最大化

するとされています。実際に、

週4回の自転車運動(HRR70%)を15か月間続けた認知症の患者さんを対象とした研究では、

ADAS-Cog(認知症評価スケール)スコアが4.1ポイント改善し、その効果が長期的に持続することも確認されました(Cancelaら 2016)。

メンタルヘルスやQOL(Quality of Life)への効果

運動は「心の栄養」?

運動が抑うつ症状を和らげる一因として、「ストレスホルモン」であるコルチゾールの日内変動が改善することが挙げられます。ある研究では、

ベック抑うつ質問票(BDI)のスコアが平均23.5%低減し、朝のコルチゾール値も穏やかに下がったことが示されています(Bakerら 2010)。

これは自律神経のバランスを示す「心拍変動(HRV)」が改善するのとも対応しており、脳内の興奮性物質であるグルタミン酸が減少したことと相関があったという報告もあります。

QOL改善へのさまざまな道

健康関連の生活の質を測るSF-36やSF-12といった尺度でも、メンタルヘルスの項目が有意に改善するパターンが多く見られます。
一例として、

中国式のスクエアダンスを12週間導入した研究では、社会的なつながりが生まれるグループダンスならではの「楽しさ」も加わり、心理的な健康指標が有意に上昇したうえ、ストレス低減やオキシトシン(愛着ホルモン)の増加がみられました(Changら 2021)。一方で、

重症の認知症患者を対象にした大規模RCT(参加者494名)では、QoL-ADスコアに明確な有意差が認められず、重症度によっては効果の出方に差がある可能性が示唆されています(Lambら 2018)。

運動プログラムの選び方と続け方

どの種目が最適?

  • 有酸素運動: 海馬の体積増加が特に顕著(最大3.2%増)。BDNFの上昇量は1.5ng/mLと高い水準。
  • 抵抗(筋力)トレーニング: BDNF上昇は0.8ng/mLと有酸素運動ほどではないものの、筋力維持・転倒予防やサルコペニア対策につながる。
  • 複合運動: 有酸素+筋力トレーニングを組み合わせたプログラムでは、前頭葉機能(判断力や注意力)に強い効果が認められやすい。
  • 高強度インターバルトレーニング(HIIT): 認知柔軟性の向上効果が示唆されるが、脱落率が高めという課題も。

さらに、文化的背景に即したプログラム(例: 日本ならラジオ体操や太極拳、海外ではダンスエクササイズなど)を導入すると、楽しみながら継続できる点が大きなメリットです。近年では、

自然環境の中でウォーキングを行うプログラムの有用性も研究されており、人工的な空間よりも実行機能の改善効果が38%高まるとの報告も出ています(Noseworthyら 2024)。

続ける仕組みづくり

重要なのは、「どんな運動でも長期的に続けられるかどうか」です。

  • グループレッスン: ソーシャルサポートが得られ、孤独感を和らげる。
  • 電話リマインダーやアプリ活用: やる気が低下しがちな方には、忘れずに取り組む助けになる。
  • リアルタイム心拍モニタリング: 適正な強度を維持しやすく、飽きにくいという実用面での利点がある。

ある研究では、

電話リマインダーを導入しただけでプログラムの遵守率が67%→89%に上がり、認知症評価(ADAS-Cog)スコアの改善が明確だったという報告もあります(Hoffmannら 2015)。