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2025.03.28

美容外科手術と身体醜形恐怖(BDD)

BDDとは

身体醜形障害(Body Dysmorphic Disorder, BDD)は、

自分の外見のわずかな特徴や想像上の欠点に強い苦痛を感じる精神疾患です。些細な容姿の欠陥を過剰に気にするあまり、鏡のチェックや隠蔽行為に多くの時間を費やし、日常生活に支障を来します。

有病率は一般人口の約0.7~2.4%と報告され、思春期頃に発症することが多い病気です。

うつ病や強迫症などの併存が多く、

自殺念慮・自殺企図のリスクも通常の2~12倍と非常に高いことが指摘されています。診断には

専門家による問診と、

DSM-5などの診断基準への適合評価が用いられます。

患者自身は欠点が現実に深刻だと確信しがちで、洞察の程度(症状が現実離れしていると認識できているか)が診断上重要です。

 

美容外科治療への傾向

BDDの患者は自身の容姿への悩みから、美容皮膚科や美容外科に救いを求める場合が少なくありません。研究によれば、

BDD患者の約76%がコンプレックスを「治す」ために何らかの美容的処置(手術や皮膚治療)を受けた経験があり、特に

鼻形成術(隆鼻術)では受診者の最大25%がBDDの診断基準を満たしたとの報告もあります。

具体的な施術は、整形手術(例:隆鼻術、豊胸手術、脂肪吸引、顔のリフトなど)から、皮膚科的処置(例:ケミカルピーリング、注射、永久脱毛)や歯科治療まで多岐にわたります​。しかし、

美容施術を受けてもBDDそのものの苦痛が解消する保証はないことがわかってきています。

実際、BDD患者が手術を希望する背景には

「手術さえすれば悩みが解決する」という強い期待がありますが、以下に述べるように研究結果は楽観視を戒めています

 

美容外科手術の有効性と限界(研究エビデンス)

多くの研究は、

BDD患者に対する美容外科手術の効果が限定的であることを示唆しています。

1997年に米国ブラウン大学のPhillipsらがBDD患者188人を対象に実施した調査研究では、

女性の78%・男性の61%で美容処置後もBDD症状が「変わらない」か「悪化した」と自己報告されました​。

2000年には英国KCLのVealeらが25人のBDD患者を追跡し、過去に受けた美容治療後の満足度や悩みの変化を評価しました。その結果、

施術46件中31件で満足度が0~2.9点(0~10点評価)と極めて低く悩みの軽減度も平均4.4/7点程度に留まったと報告されています。特に鼻の手術や複数回にわたる手術では結果が悪く、術後に症状が悪化するケースも確認されました。

2005年と2010年には、米国を中心としたPhillipsらのグループ(筆頭著者Crerand)がそれぞれ約200~250人規模のBDD患者を対象に大規模調査を行いました。その結果は深刻で、

成人BDD患者の72~91%において美容整形後も症状に変化がなく5~16%ではむしろ悪化していました。さらに

2010年の追跡研究では、被験者の97.7%で外科治療による症状改善が見られず、一部では悪化さえ認められたと報告されています​。

多くの患者が術後も新たな容姿の欠点を見出し続け(82.3%)、あるいは「一時的によくなってもまた醜くなるのでは」と恐れ続ける傾向が明らかになりました(73.3%)

若年者(思春期)のBDD症例についても、美容処置によって主要な症状が改善した例は認められず、長期的な転帰は依然として不良でした。

一方で、

軽症で局所的な悩みの場合には部分的な改善の可能性も示唆されています。

 

2003年に英国KCLのVealeらが実施した小規模前向き研究では、美容外科クリニックで鼻手術(隆鼻術)を受けた

29人中6人が術前検査で「BDDの疑いあり」と判定されました。

9か月後の追跡では、そのうち6人中3人は3か月時点までBDD症状が続いたものの、

さらに9か月後には全員が診断基準を満たさない状態にまで改善したとされています。手術の仕上がりに対する満足度も、BDD傾向のあった患者と無かった患者で同等だったという結果です。さらに

2014年、ブラジル・サンパウロ大学のFelixらは美容外科で隆鼻術を希望した女性116人を対象に前後比較研究を行い、そのうち31人が軽度~中等度のBDDと評価されました。1年後の追跡調査では、

このBDD該当群も手術結果に満足を示し、軽度~中等度のBDD患者は隆鼻術によって利益を得る可能性がある」と報告しています。

しかし、この研究には重要な留意点があります。

対象者の約半数は実際に中等度以上の鼻の変形を有しており、本来BDDの診断から除外されるレベルの明確な外見上の問題があったこと、

重度のBDD症状の患者や男性が除外されていたことなど、結果の一般化には慎重な解釈が必要です。同じく

2014年に英国KCLのVealeらが行った外陰形成術(恥骨部の美容手術)に関する前向き研究でも、

49人中BDDと診断された9人の女性のうち術後3か月で7人がBDDの寛解状態に達し、全員が手術結果に満足したと報告されました。

著者らは「短期的にはBDDが外陰形成術の絶対的禁忌とは言えない可能性」を示唆しています。しかしこの研究も

追跡期間が短く、被験者数が少ないため、ポジティブな所見も長期的な持続性や再発リスクを考慮すると予断を許さないとされています。

 

総じて、2016年に英国KCLのBowyerらが行った体系的レビューは「BDD患者に対する美容治療の多くは効果不十分だが、一部の軽症例で局所的な改善がみられる可能性も完全には否定できない

と結論付けています。ただし、現在のエビデンスには対象集団や評価方法の偏りがあるため、将来的にさらなる大規模・長期の研究が必要とされています。

 

心理療法と外科治療の補完的役割

BDDの根本治療としては、

精神科的アプローチ(薬物療法・心理療法)が第一選択とされています。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の薬物治療や、

強迫症治療を応用した認知行動療法(CBT)

BDD症状の改善に一定の有効性が確認されています​。例えば

2016年に英国KCLのHarrisonらが実施した7件のランダム化比較試験(参加者合計299名)のメタ分析では、

認知行動療法(CBT)は待機群やプラセボ対照に比べてBDD症状を有意に軽減し、その効果は治療終了後も少なくとも2~4か月維持されたことが示されました​。加えて、CBTによって抑うつ症状や洞察(病識)の改善も認められています。このように

心理療法はBDDそのものへの治療効果が高く、手術でカバーできない精神面のケアを担う重要な役割があります。

美容外科手術は本来BDDに対する標準治療ではなく、まずは精神科的治療を十分に行い、それでもなお限定的な容姿の改善が必要と判断される場合に慎重に検討されるべき補助的手段です。

実際、手術を行う際も同時に心理療法を継続し、患者が術後に新たな悩みへ執着を転移させないようフォローすることが推奨されます。

外科的アプローチと心理療法を統合的に組み合わせることで、心身両面からBDD患者をサポートすることが理想的です。

 

長期予後と再発リスク

BDDは治療しない限り慢性的に経過することが多く、

たとえ美容処置で一時的に満足しても長期的には再び症状がぶり返す可能性があります。

前述のBowyerらのレビューによれば、

術後直後の自己満足感が報告される場合でも、それは時間の経過とともに薄れ、BDDという疾患の慢性的性質ゆえに新たな不満が生じてしまう傾向が示唆されています。

つまり、手術によって「理想の外見」に近づいたとしても、BDD患者は次第に別の部位に欠点を見出したり、せっかく治した部分が「また醜くなるのではないか」という不安に駆られたりしやすいのです。このため、

一度手術を受けた患者が

複数回の手術を繰り返し求める(polysurgery)ケースも珍しくなく、それ自体が心身への負担や合併症リスクを高めます。

2015年に米国のWoolleyらが眼形成外科クリニックの患者728人を調査した報告では、

BDD傾向が高い群はそうでない群に比べて術後の痛みや合併症の頻度、再手術率が有意に高かったことが示されています。また、

BDD患者は抑うつや希死念慮も抱えやすいため、

期待した手術効果が得られなかった場合に失望や絶望感が深まり、最悪の場合自傷行為や自殺に至るリスクも懸念されます​。実際に、「手術を断られたBDD患者がその後自殺した」というケース報告もありますが​、こうした事例はごく少数であり、個々の背景要因も異なるため一般化はできません。

重要なのは、長期予後を改善するには外科的な対症療法だけでは不十分であり、継続的な心理ケアと経過観察が欠かせないという点です。