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2025.04.13
思春期の低い自尊心への介入
思春期の子どもにみられる低い自尊心(low self-esteem)は珍しくなく、うつ病や不安障害などの心の問題と関連します。またADHD関連でも自尊心の問題は大きな課題となっています。しかし、自尊心そのものの向上を主目標とした有効な介入法はこれまで多くはなく、特に若年層を対象としたものは限られていました。近年、この分野でいくつかの心理的アプローチが試みられ、エビデンス(科学的根拠)が蓄積されつつあります。本稿では、認知行動療法(CBT)、マインドフルネス、アファメーション(自己肯定的な介入)、アサーティブネス・トレーニングの4つの介入法について、その有効性を示す研究結果と限界を解説します。
認知行動療法(CBT)の効果とエビデンス
認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy, CBT)は、物事の捉え方や思考の癖に働きかけることで心理状態の改善を図る療法です。低い自尊心に悩む思春期の若者は「自分には価値がない」など否定的な自己イメージを抱きやすく、CBTはそうした認知の偏りを修正し、現実的で肯定的な自己認識を育てることを目指します。
2022年にスウェーデンのBergらが報告したパイロットRCTでは、15~19歳の青年52名に対し7週間のオンラインCBT(セラピスト支援下のインターネットCBT)を実施したところ、
待機対照群より自尊心スコア(Rosenberg Self-Esteem Scale)が有意に上昇しました。
効果量はd=1.18と非常に大きく、抑うつや不安症状の軽減、生活の質の向上など副次的な改善も報告されています。この結果はCBTが思春期の低自尊心に対して有望な介入となり得ることを示唆します。ただし、
本研究は参加者数が少ない予備的試験であり、介入期間も短く長期的効果は不明です。著者らも「結果の再現にはより大規模な検証が必要」と述べており、今後さらなる研究で持続効果や適用範囲を確認する必要があります。
マインドフルネスによる介入の効果
マインドフルネスは、瞑想などで現在の瞬間に注意を向け、思考や感情を評価せずに受け流す心の姿勢を養う手法です。自己批判的な思考にとらわれがちな場合、マインドフルネスによって思考との距離の取り方を学ぶことで、過度な自己否定感を和らげる効果が期待されます。
2024年にタイで行われたRCTでは、15~18歳の高校生に8週間のオンライン・マインドフルネス介入を実施しました。
介入群は終了時に自尊心のスコアが有意に向上し、対照群より高い自己評価を示しました。さらに3か月後の追跡調査でも効果が維持され、マインドフルネス介入の持続的な有用性が示唆されています。この結果は、マインドフルネスを取り入れた介入が思春期の自己肯定感やレジリエンス(心理的回復力)を高める上で有望であることを示しています。ただし
予備的研究のため対象や文化的背景が限られており、他の条件でも同様の効果が得られるかは不明です。対照群が待機リストである点などデザイン上の制約もあり、今後さらなる追試が求められます。
自己肯定的な介入(アファメーション)の効果
アファメーション(affirmation)とは、前向きな自己確認(例えば自分の大切な価値観を書き出すなど)によって自己肯定感を高める手法です。2024年に中国のYanらが実施した大規模RCTでは、中高生2,234名に価値観を書き出すアファメーション課題を行った結果、
対照群に比べて自己肯定感が有意に向上し、総合的な心理的健康度も改善しました。一方で、
うつ病や不安症状といった臨床的問題には明確な効果が認められなかったと報告されています。これは、アファメーションが一般的な幸福感や自己評価の向上には寄与するものの、臨床レベルの症状緩和には限界があることを示唆します。
また、アファメーションの内容によっては
逆効果の恐れがあることも指摘されています。
極端に肯定的な自己暗示(例:「自分は素晴らしい人間だ」)は現実味に欠け、低い自尊心の人には逆効果になり得るとされています。そのため、実践にあたっては
本人が受け入れやすい現実的な肯定メッセージを選ぶことが重要です。アファメーションは手軽で有望な介入法ですが、それ単独で劇的な効果をもたらす万能策ではなく、他の療法と組み合わせたり継続的な支援を併用したりすることが望ましいでしょう。
アサーティブネス・トレーニングの効果
アサーティブネス・トレーニング(自己主張訓練)は、自分の意見や感情を適切に伝えるコミュニケーションの練習法で、対人関係での自信を高め結果的に自尊心の向上につながると期待されます。
2023年にイランで行われたRCTでは、女子高校生に6回のアサーティブネス訓練を実施したところ、介入後に
自尊心の平均スコアが25.2点から29.9点へ有意に上昇しました。対照群との差も明確で、心理的健康度も改善しています。こうした自己主張スキルの向上が自己評価の高まりに寄与したと考えられます。追跡期間は1か月と短いものの、別の研究では効果が2か月後も持続していたとの報告があります。エビデンスは徐々に蓄積されつつありますが、多くの研究が女性のみを対象としている点や、文化によって自己主張の影響が異なる可能性にも注意が必要です。男女を含む多様な対象での長期的な検証が望まれます。