メンタルクリニック下北沢

blog1

ホーム > ブログ > blog1 > 「朝起きられない」という主訴

2025.06.30

「朝起きられない」という主訴

最近20代の女性患者の方が、朝起きられない、目覚ましにも反応しない、という主訴で受診されました。お話を聞いてまず最初のステップとして就寝時刻を早められるかやってみましょう、と提案したところ、納得がいかなかったのか、医者じゃなくてもそのような提案はできる、という意見を診察後に改めていただくということがあり、正直とても驚かされました。誤解もあったのでしょうが、あまりにコミュニケーションがうまくいかないので、推測するにご本人は自分の見立て、意図があり、その方向に私がスムーズに誘導されなかったことを不満に思われたのかと考えました。あまり個別の事象についてこのコラムを使うつもりはなかったのですが、医者のアドバイスだとわかっていただけるように少し整理してみます。

私がその時提案したのは、まず就寝時刻が早められるかどうか。スムーズにできない場合睡眠導入薬、アリピプラゾールなどを使ってみる、その他処方でうまくいかない場合、終夜ポリソムノグラフィー検査をお勧めする、という順序で考えてほしいという事でした。これらがどういう意味なのか解説します。

「早寝」介入後の反応によって鑑別診断の方向性がある程度絞り込めます。以下に陽性(症状改善)の場合と陰性(改善せず)の場合に考えられる疾患を整理します。

  • 介入陽性(症状が改善した場合): 睡眠時間を十分に確保したところ朝の起床困難が著明に改善・消失した場合、原因は睡眠不足であった可能性が極めて高いです。つまり睡眠不足症候群の鑑別診断上の感度・特異度が高い所見と言えます。実際、ISSでは慢性的な睡眠不足が日中の耐え難い眠気を招いており、十分な睡眠をとればその眠気は解消します(診断基準E)。したがって「早寝」介入による症状改善はISSを強く示唆し、他の過眠症や精神疾患の可能性は低下します。「平均睡眠時間が7時間未満の患者では睡眠時間延長で日中の症状が改善することが多く、一方で特発性過眠症(IH)では睡眠時間を増やしても過度の眠気に変化がない」と指摘されています。この違いを利用して、疑わしい場合は10~14日間の睡眠延長トライアルを行うことが推奨されています。つまり介入陽性ならISSの可能性大、IHの可能性小という鑑別が可能です。なお、睡眠相後退症候群など概日リズムの問題が背景にある場合でも、睡眠相を正常化する方向で十分な睡眠時間をとれれば症状は改善しうるため(本来は必要な睡眠量自体は足りているケース)、単なる「夜更かしによる睡眠不足」と区別して評価する必要があります。

  • 介入陰性(症状が改善しない場合):

    十分な睡眠時間を確保する介入にもかかわらず朝の起床困難や日中の過度の眠気が改善しない場合、何らかの睡眠障害や他の疾患が示唆されます。主な鑑別診断としては以下のような疾患が考えられます。

    • 概日リズム睡眠障害(睡眠相後退症候群): 夜型傾向の強い患者では、「早く寝よう」と試みても生物学的な体内時計のズレにより思うように入眠できないことがあります。睡眠相後退症候群(DSPS)の患者は、たとえ睡眠不足であっても通常より早い時刻に眠りにつくことが困難であり、無理に早寝早起きを強行しても夜間に寝付けず、朝は体内時計の位相ずれのため極度の起床困難に陥ります。実際、DSPS患者は「決まった時間に眠れない・起きられない」という症状を示し、朝の起床困難はしばしば自律神経失調(起立性調節障害)や怠惰と誤解されます。早寝の指導で入眠相が前進しない場合、体内時計の遅れによる概日リズム睡眠障害が示唆され、専門的な治療(高照度光療法やメラトニン投与など)を検討します。また入眠困難症状を呈する患者について、睡眠薬の効果が著名である場合は、原因として単純な不眠症(いわゆる精神生理性不眠)や抑うつに伴う不眠など概日リズム障害以外の可能性が示唆されます。一方、睡眠薬を飲んでもなお眠れない(夜更けまで寝付けない)場合は、概日リズムの問題(DSPSなど)を疑う手がかりとなりえます。ただしこれはあくまで補助的な位置づけです。アリピプラゾールは本来抗精神病薬ですが、極少量を服用するとドーパミン神経を活性化して覚醒度を上げる作用があり、DSPS患者の「朝起きられない」という症状に対して目覚めを良くする効果が示されています(※この用途は主に思春期~若年成人の起立性調節障害を合併するケースで検討されています)。もっとも、アリピプラゾールは睡眠導入剤ではなく覚醒維持の補助であり、本質問の主旨である「入眠時刻を早める」薬物とは異なる位置付けですので、補足情報として言及します。

    • 中枢性過眠症(特発性過眠症など)やナルコレプシー: 十分な睡眠時間をとってもなお日中の強い眠気や朝の覚醒困難が持続する場合、過眠症(特に特発性過眠症)やナルコレプシーといった中枢性の睡眠覚醒障害が疑われます。特発性過眠症では夜間に10時間以上長時間睡眠をとっても疲労感が抜けず朝起きられない、いわゆる「睡眠慣性(sleep inertia)」が顕著で、アラームに気づかない・止めても二度寝してしまうといった症状が典型的ですナルコレプシーでも過度の眠気がありますが、比較的短い睡眠でも眠気が出現し(逆に夜間睡眠は断片的になりがち)、情動脱力発作(カタプレキシー)や入眠時幻覚などの随伴症状を伴う点で鑑別されます。一方、特発性過眠症では睡眠時間の延長で症状が改善しないことが知られており、前述の睡眠時間延長の介入に反応がないこと自体が鑑別の一助となります。実際に臨床では、睡眠日誌やアクチグラフ記録によって睡眠パターンと持続的な眠気を評価し、睡眠不足が解消されても日中の眠気が残存する場合に中枢性過眠症を強く疑う、という手順が推奨されています。なお、過眠症やナルコレプシーの正式診断にはポリソムノグラフィー(PSG)と複数睡眠潜時テスト(MSLT)による客観的評価が必要ですが、その前提として十分な睡眠時間を確保した上で検査を行うことが重要です(睡眠不足のままでは擬陽性の結果を招くため)。したがって、「早寝」指導による経過観察は、過眠症の診断的トリアージとして有用と言えます。

    • うつ病など精神疾患: 十分な睡眠をとっても朝起きることができない背景には、精神医学的要因も考慮する必要があります。典型的なうつ病(メランコリア型)では早朝覚醒がよく見られますが、非定型うつ病季節性うつ病では過眠傾向(長時間睡眠・朝起きられない)が現れることがあります。本人の訴えとして「疲れて起きられない」だけでなく意欲低下や抑うつ気分が強い場合、早寝による生活リズムの改善だけでは不十分で、精神科的アセスメントと治療が必要となります。睡眠時間を延ばしても起床困難が改善せず、加えて気分の落ち込みや興味の喪失などが認められる場合はうつ病を含め検討します(実際、睡眠障害と精神疾患は相互に関連し、過眠はうつ病の症状の一部であることがあります)。

    • その他の要因: 睡眠時無呼吸症候群などの睡眠の質低下も、十分時間を寝ても熟眠感が得られず朝起きられない原因となり得ます。特にいびき・肥満傾向がある成人では、早寝で時間を確保しても日中の眠気が残る場合、無呼吸による断片的睡眠が疑われます。また起立性調節障害(自律神経の体位変化不耐症)は学童〜思春期に多く、朝の低血圧・めまいで起き上がれない状態を呈します。この障害自体は睡眠時間を延ばすだけでは直接改善しないものの、しばしば夜更かし・睡眠相後退を合併することが報告されており、睡眠リズムの是正と自律神経症状への対応の両面から治療が必要です。さらに慢性疲労症候群などでも睡眠で回復しない倦怠感がありますが、これも単なる早寝指導では改善しないため専門的評価が求められます。総じて、早寝による十分な睡眠確保に反応しない起床困難は、何らかの器質的・機能的睡眠障害や身体・精神疾患の存在を示唆するサインと捉え、専門医療機関での精査につなげることが肝要です。

以上で分かるように入眠時刻を早めてみるという行動は疾患鑑別の点、治療のファーストステップという点からも大事なのです。

そしてPSG(終夜睡眠ポリグラフ検査)は、睡眠中の脳波・眼球運動・筋電図・呼吸・心拍など複数の生理指標を記録する検査であり、各種の睡眠障害の客観的評価・鑑別に用いられます。以下主な鑑別対象となりうる疾患について一部列挙します。

睡眠関連呼吸障害 (Sleep-Related Breathing Disorders)

  • 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)

  • 中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSA)

  • 睡眠関連低換気症候群(肥満低換気症候群など)

  • 上気道抵抗症候群(UARS)

中枢性過眠症 (Central Disorders of Hypersomnolence)

  • ナルコレプシー(1型/2型)

  • 特発性過眠症(IH)

  • クライネ・レビン症候群(Kleine–Levin症候群)

  • 睡眠不足症候群(行動誘発性睡眠不足)

睡眠時随伴症 (Parasomnias)

   ノンレム関連睡眠時随伴症(深睡眠からの覚醒障害)

  • 覚醒障害(混乱性覚醒、睡眠時遊行症〈夢遊病〉、睡眠時驚愕症〈夜驚症〉など)

   レム関連睡眠時随伴症(REMパラソムニア)

  • レム睡眠行動障害(RBD)

睡眠関連てんかん (Sleep-Related Epilepsy)

  • 睡眠関連前頭葉てんかん(睡眠関連過運動てんかん:SHE)

その他割愛しますが、睡眠障害のかなりのカテゴリを網羅する有用な検査です。字数が増えたので以上としますが、ご参考にしてください。