blog2
2025.03.30
「加工食品」と「心の健康」の関係──うつ病リスク増加との関連は?
私たちの食生活は、心の健康と深い関わりがあると考えられています。
近年、加工食品や超加工食品(例えば清涼飲料水、スナック菓子、インスタント食品など)を多く摂る食事パターンが、
うつ病や不安症状などのメンタルヘルスにどのような影響を与えるのか、世界各地で研究が進められています。
本コラムでは、患者さんやご家族、医療従事者の方々に向けて、最新の知見をふまえながら「加工食品・超加工食品とメンタルヘルスとの関連」について解説します。
まず加工食品と超加工食品の違いを整理しましょう。
加工食品とは、保存や風味付けのために何らかの加工が施された食品を指し、
例としては缶詰や干物、チーズ、パンなどがあります。一方、
超加工食品とは、食品の原形をとどめない高度な加工が行われ、添加物が多く含まれる食品のことです。
清涼飲料水、スナック菓子、菓子パン、加工肉(ハム・ソーセージ)、インスタント麺、冷凍食品、ファストフードなどが該当します。
超加工食品は手軽でおいしい反面、高糖質・高脂肪・高塩分でビタミンや食物繊維が不足しがちです。
「食生活とうつ病リスクは関係があるのか?」――この問いに答えるため、世界中で様々な調査研究が行われてきました。代表的なものをいくつか紹介します。
2009年・ロンドン大学・Akbaralyらによるコホート研究では、中年の公務員約3,500人を5年間追跡し、食事パターンとうつ症状の関連を調べました。その結果、
野菜や果物、魚を中心とした“ホールフード(全食品)”パターンの食事をとる人は、そうでない人よりも5年後にうつ状態になるリスクが低く(オッズ比0.74)、逆に
甘いデザート、揚げ物、加工肉、精製穀物、脂肪分の多い乳製品など“加工食品”中心の食事パターンの人は、将来のうつ症状リスクが有意に高いことが示されました(オッズ比1.58)。
これは有名なホワイトホールII研究の分析結果で、「加工食品の多い食事は将来のうつ病リスク要因になり得る」ことを初めて示唆した研究として知られています。
2011年・ナバーラ大学(スペイン)・Sánchez-Villegasらによるコホート研究(SUNプロジェクト)では、約9,000人を6年間追跡してファストフードや商業製焼き菓子の摂取とうつ病発症の関連を調べました。解析の結果、
ハンバーガー、ピザ、ソーセージなどのファストフードを最も多く摂取するグループは、最も少ないグループに比べて将来うつ病と診断されるリスクが約1.36倍高いことが報告されています(ハザード比1.36)。また、
市販の菓子パンやドーナツなどの摂取についても、ある一定量以上食べる人では最少摂取群に比べリスクが約1.38倍になるという結果でした。
この研究は「ファストフードや菓子パンの頻繁な摂取はうつ病リスクを押し上げる可能性がある」と結論づけています。
2017年・オーストラリア ディーキン大学・Jackaらによるランダム化比較試験(SMILES試験)では、
すでに中等度~重度のうつ病と診断された成人に対し、食事改善の治療効果を検証しました。被験者を
地中海食をベースに野菜や果物、全粒穀物、豆類、魚、ナッツを増やし、加工食品や甘い飲食物を減らす食事介入群と、
栄養は指導せず友人との対話など社会的支援を行う対照群に分けて12週間観察しています。
食事介入群では対照群に比べ、うつ症状が有意に大きく改善しました。寛解(症状がほとんどなくなること)に至った人の割合は、食事介入群で32.3%、対照群で8.0%と大きな差が出ています。研究チームは「食事改善は、この非常に有病率の高いメンタルヘルス疾患(うつ病)の管理に有効で身近な治療戦略となり得る」と述べており、食事がうつ病の補助療法として有望であることを示しました(ただしこの試験の参加者も大半は併せて薬物療法や心理療法を受けており、あくまで補助的(adjunctive)な介入です)。
2022年・オーストラリア ディーキン大学・Laneらによるレビュー研究(Nutrients誌)は、近年の複数の観察研究を総合的に分析し、超加工食品とメンタルヘルスの関連を評価しました。その結果、
超加工食品の摂取量が多い食事パターンの人は、そうでない人に比べてうつ病の発症リスクが44%高く、不安障害のリスクも48%高いことが報告されています。このレビューは対象とした研究の地理的範囲に日本を含んでいませんが、海外のエビデンスとして示唆に富むものです。筆頭著者のメリッサ・レーン氏(栄養精神医学を専門とする研究者)は
「厳密な因果関係はまだ不明ですが、追跡研究で得られた証拠から、超加工食品をたくさん食べる人ほど将来うつ病を発症するリスクが高まると言えそうです」とコメントしています。さらに
2023年・BMJ(英国医学雑誌)・Laneらによるアンブレラレビューでは、900万人以上を対象とした複数の研究データを統合し、
超加工食品の摂取がうつ病や不安症状、肥満、メタボリック症候群、特定のガン、早死になど計32種類もの健康リスクと関連することが示されました。
この包括的レビューでも著者らは「これらは関連性を示すにとどまり、因果関係(原因と結果)を直接証明するものではない」と強調しています。
2023年・ハーバード大学・Samuthpongtornらによる大規模コホート研究(米国看護師健康調査IIのデータ解析)。
この研究は、うつ症状のない中年女性約3万1千人を約10年間追跡し、超加工食品(UPF)の摂取量と新たなうつ病発症との関係を調べたものです。その結果、
超加工食品の摂取が最も多いグループ(1日9サービング以上)は、最も少ないグループ(同4サービング以下)に比べて将来うつ病を発症するリスクが約1.5倍高いことが示されました。特に
人工甘味料を含む飲食物の過剰摂取がリスク上昇と強く関連していました。
著者らは「本研究は観察研究であり、超加工食品の摂取が直接うつ病を引き起こすと証明したわけではなく、関連を示したにすぎない」と述べています。しかし、
超加工食品の摂取が腸内細菌のバランスを乱し、それが脳の働きに影響を与える可能性や、
人工甘味料が脳内の「幸せホルモン」(セロトニン等)の働きを妨げる可能性にも触れており、この関連の背後にあるメカニズムについて示唆しています。
2023年・蘇州大学(中国)・Sunらによるコホート研究では、中国人約18万3千人という非常に大規模な集団を13年以上追跡し、超加工食品の摂取とうつ病・不安症状の発症、および死亡リスクまで分析しています。その結果、
超加工食品の摂取量が最も多いグループ(第4四分位)は、最も少ないグループ(第1四分位)と比べて、うつ病発症リスクが約1.2倍、不安症状発症リスクも約1.1倍高いことが示されました。興味深いことに、
超加工食品の摂取は全死亡リスクとも関連していましたが、この関連はすでにうつ病や不安症状を抱える参加者では消失したと報告されています。つまり、
健康な人では超加工食品の摂取増加に伴って死亡リスクが上がる一方、メンタルヘルス不調を抱える人ではその傾向が見られなかったということです。
この点について明確な理由は示されていませんが、著者らは総括として「超加工食品の摂取はうつ病や不安症状と関連する」と結論付けています。
以上のように、加工度の高い食品を多く摂る食事パターンとうつ病・不安症状との間には、多くの研究で「関連あり」との結果が得られています。
特に近年の大規模研究やレビューは、食事中の超加工食品割合が高いほど、将来的にうつ病や不安症状が増える傾向を示しています。ただし強調しておきたいのは、
これらはいずれも「関連」を示すにとどまり、「因果関係」を証明したものではないという点です。
言い換えれば、「超加工食品を食べ過ぎると必ずうつ病になる」という因果は立証されていません。なぜ因果関係の証明が難しいのか、また考えられる要因について触れてみましょう。
前述の研究はどれも観察研究(疫学研究)であり、食事とメンタルヘルス指標を追跡したものです。この種の研究では、「Aという食事パターンの人にBという症状が多い」という相関関係を示すことはできますが、「Aが原因でBになった」という因果関係の証明はできません。
たとえば、超加工食品の摂取量が多い人は、他にもうつ病リスクを高める生活要因(運動不足、喫煙習慣、肥満、経済的ストレスなど)を抱えている可能性が高いです。研究者は統計解析でこれらの「交絡因子」をできる限り調整しますが、完全に除去することは困難です。
また「鶏が先か卵が先か」の問題もあります。つまり、うつ症状が先に現れ、その結果として食欲低下や甘い物への嗜好変化が起き、加工食品の摂取が増えている可能性もあります。
実際、気分が落ち込むと料理をする気力が出ず手軽な加工食品で済ませてしまう、といった経験は多くの方に思い当たるのではないでしょうか。このように、
「不健康な食事がメンタル不調を招く」のか「メンタル不調が不健康な食事につながる」のかは常に表裏一体であり、単純に因果を断定できないのです。
以上を踏まえ、「超加工食品が直接メンタルヘルスに悪影響を及ぼす」と断言することは現時点ではできません。研究者自身も「非常に多くの要因が影響しあううつ病において、食事はその一部にすぎず、UPF(超加工食品)だけが主因とは言えない」と慎重な姿勢を示しています。
実際には複数の要因が絡み合っており、「この物質が脳に作用してうつ病になる」と単純に言えるものではありません。
メンタルヘルスは生物学的要因(遺伝、脳内化学物質のバランスなど)、心理的要因(性格傾向、ストレス対処法など)、社会的要因(人間関係、経済状況など)が複雑に関与するため、
食事はその一部に過ぎないことを念頭に置く必要があります。
ネガティブな話だけではなく、
研究からは、一貫して伝統的でバランスの良い食事パターンの有用性が示唆されています。
その代表が地中海食(Mediterranean diet)です。
地中海食とは、主にイタリアやギリシャなど地中海沿岸地域の伝統的な食事スタイルで、
野菜、果物、豆類、ナッツ、オリーブオイル、全粒穀物、魚介類を豊富に含み、赤身肉やバター、加工菓子は少なめという構成です。
地中海食は心臓病予防に良い食事として有名ですが、メンタルヘルスにも有益である可能性が高いことがわかってきました。例えば、
2018年・ロンドン大学・Lassaleらによるメタ解析では、地中海食をはじめとする「質の高い食事」への高い遵守度は、将来のうつ病発症リスクの低下と一貫して関連すると結論付けています(解析対象の縦断研究では最大約30~40%のリスク低下が示唆された)。また、
2023年・韓国 CHA大学・Kimらによる疫学研究では、韓国人でも地中海食スコアの高い人ほどうつ病を訴える割合が有意に低く、特に女性でその傾向が顕著という結果でした。具体的には、地中海食スコアが最も高いグループの女性は、最も低いグループに比べ71%もうつ症状のオッズが低かったと報告されています。
さらに前述のSMILES試験(2017年・Jackaら)でも用いられた「Modified Mediterranean diet」(改変地中海食)は、うつ病患者さんの症状改善に効果を示しました。
その後も類似の臨床試験がいくつか行われており、例えば2022年・シドニー大学・O’NeilらによるRCTや2022年・スペイン PREDI-DEP試験など、
食事指導によって抑うつ症状や生活の質が改善したとの報告があります。総じて、
「多様な未加工食品をバランスよく摂る食事」がメンタルヘルスの維持に役立つ可能性が高いと言えます。
もちろん、日本には和食という伝統的な食事文化があります。和食は野菜や魚、豆製品(大豆食品)、発酵食品(味噌や漬物)を多く含み、栄養バランスに優れています。地中海食と共通する点も多く、和食もまたメンタルヘルスに好影響を与える可能性があります。実際、日本の高齢者を対象とした研究では、和食パターンの食事をとる人は抑うつ傾向が少ないというデータもあります。つまり、大切なのは極端な加工食品ダイエットではなく、伝統的で自然に近い食材を中心に据えた食事なのです。